どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

昨年暮れから新年早々までの重大スランプ /   ぼくらが生きる〝新コロ〟後の〝新来〟社会(1)

-No.2673-
★2021年01月15日(金曜日)
★11.3.11フクシマから →3599日
★延期…オリンピック東京まで → 190日
★旧暦12月03日(月齢1.9)
※次回は、1月19日(火)の予定です※




◆それは暮れの12月中頃からはじまった…

 こんどのスランプは長かったし、心にも身にもヒドく応えた。
 いうまでもない「新コロ」の所為…それよりも、このウイルスに対する世界的な人間社会の、ブザマにとち狂った対応ぶり。それに否応なしに巻きこまれてしまっている吾が身の不甲斐なさ…の所為だった。

 「新コロ」対応・対策では、台湾(中華民国)やニュージーランドなど、わずかな国をのぞいて、てんでなっちゃいなかった。
 後進国発展途上国ならまだしも、先進国とされる諸国もまるでダメ。
 ニッポンにいたっては…いまだに真因は不明ながらその存在たしからしい「ファクターX」(ありゃ、いったい、どうなったんですかネ)を切り札に感染を抑止する…ことさえもできない始末…ザマぁない。

 こちとら、さんざ言われつづけてきた「重症化リスク」たかい高齢者・既往症疾患もちとしては、逼迫してきたベッド事情を思って気をつけ、気を張りつづけてきてるのに、そりゃナイだろう、ヒドすぎるんじゃないのか。
 まるで先が見えない「新コロ」五里霧中、「スランプ・トンネル」出口なしじゃ、イヤでも窒息マイっちまう。

 そんな予感は、感染拡大第3波と思われる〈うねり〉、高どまり傾向がつづいた11月あたりからあった。
 それにしても、しかし…
 昨冬の第1波をなんとかやりすごした後、いずれ第2波・3波が予想されていながら、それまでの間に、足りなかった備えをしておくはずだった行政サイドは、いったいナニをしていたのか。危機意識はドコへ消えていたのか。

 振り返っておきたい…

◆11月24日(火)No.2621記事

〝頑爺(ガンジー)〟どこ行く、このコロナ禍/ジョーダンじゃなくなって師走ちかづく
blog.hatena.ne.jp

 このとき、ぼくは、〝不要不急〟とは別ごと。父母の回忌法要を、(次の感染拡大する前に…と)11月22日の日曜日(3連休の中日)に予定して、坊様にお願い、集まってもらう親族にも通知しておいた…のが10月中旬のこと。

 それが、その後、アレよアレよという間に状況悪化の一途をたどって(でも…いまから思えば東京都の新規感染者数まだ500人超え程度であった)、ついに法事中止の段取りを踏なざるをえないことになった。

 そんな状況下にありながら行政サイドでは、政権vs東京都、あるいは愛知県vs名古屋市のような、庶民そっちのけの責任押し付け合い、綱引きがつづくばかりの間に。
 ぼくは部屋の窓から射す冬の陽だまり、微塵の浮遊するなかに〝「新コロ」ウイルス舞踊団〟の姿を垣間見ていた。

 でも、それでもまだスキあり…だったか。
 このときには、あくまでも我ら吾が道を往く心づもりで年末年始を迎え、箱根駅伝往路ゴール迎えを兼ねて、箱根神社に恒例の初詣を予定していた。

 …のに、それらすべてが、ご破算。
 ぼくたちは、ついに前途暗澹たる想いの越年を覚悟するに至った。のだが、これはもう直近のことだから、みなさんにも確かな記憶がおありだろう。

 そうして、このブログ… 
 12月23日(水)から1月14日(木)まで、いただいた〈年越し休み〉を、ほとんど返上するような思いで25日、ぼくなりの〝緊急〟メッセージお届けしたときには、ほんと、もうギリギリにところに来ていたのだった。

 もう、かさねて申しあげるまでもない。
 以下、過去記事を再読していただいてから、話しを先に進めたい。

◆12月25日(金)No.2652記事

「新コロ」禍ニッポン「きみへの伝言」
blog.hatena.ne.jp

 12月21・22の両日に、医療従事者たちから「医療体制および病床、逼迫!」の悲鳴があがった。まさにそのときこそ、(万が一に備えて準備は進めてきている)政府は、思いきった決断をもって即応、すべきであった。

 「なんとか経済を保たせる」とか「感染抑止と経済活動と(ブレーキとアクセルを同時に踏む)」とかの、世迷言はもう通用しないところへきてしまっていた。
 はじめから、「経済と感染阻止と」は同時に(同じ土俵で)語れるものではなかった。

 ニッポンの医療体制という根本的な大問題は、いずれ、あらためて国民的大議論をするとして。いまは「感染阻止」以外のことを考えている場合ではない。

 若者たちが「新コロ」ウイルスを運んでまわり、感染させられた高齢者(+基礎疾患をもつ者)が重症化して死に至る。この構図は、どこの国でも共通しているのだから、感染阻止には結局〝人の流れ(交渉)を絶つ〟しかない。
 みんな、もう、すでに充分に知れたことだ。

 にもかかわらず、わが「ガースー」総理は(なんとかならないか…のカミ頼みばっかり)〝天の声〟を無下に無視して、姑息なひきのばし作戦〈洞ヶ峠〉きめこんだ。
 政府から諮問をもとめられた分科会の専門家先生たちほかも、そんな政府の〈腹の底〉が知れていながら、「命だいいち」の砦(拠りどころ)をついに守りきれなかった。あとは略す…

 結局、「1都3県に(ナマヌルい)緊急事態宣言」の発出は、最悪タイミングの年明け早々になった。
 ときを同じくしてノーガード・ニッポンは、あわせて痛烈な〝トリプル・パンチ〟をチン(顎)に叩きこまれる。
 それすなわち、国内では「日本海側を襲った大雪被害」であり、太平洋の向こうの対岸アメリカでは、「現職大統領が議会占拠を扇動」という暴挙と失態であった。

 とくにアメリカの重すぎる疾病は、資本主義の重症&民主主義の重態。
 この局面に臨むニッポンの現政権(前政権と〝同行二人〟)は、あまりにも心もとなく、危なっかしすぎる。
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 ぼくが12月25日の「伝言」を書いたとき。じつは…
 こんども、また(早すぎたかナ)の想いがあった。
 ……ワカッテる……
 ぼくには、たしかに〈シンパイ過敏〉の気味がある。

 だから、ますます〈重大スランプ〉だったわけだ…けれども。
 年明けの〈世論調査〉報道で(早すぎはしなかった)ことを知った。
 これまでにも、想えば間々あった「遠い声、近い息」でヨカッタ。

 ぼくたちも遅かった…けれど、もう道をマチガうことはないだろう。
 すべては「新コロ」感染阻止してから…のことだ!



ACジャパン公共広告機構)のパワーが欲しい

 上記のような経過を経て…ぼくがようやく、こんどの「重大スランプ」から脱することができたのは、年始の3連休(おしまいが成人の日)後。
 やっとのことで、再起のエンジン始動できた。

「どうして、こんどは動いてくれないんだろネ」
 今朝の食卓で、わが「頑婆(ガンバー)」がつぶやいた。
 ACジャパンの〝公共広告〟である。

 ぼくは、去年春の「緊急事態宣言」のときにも、ぜひ〝力添え〟の放送をしてほしいと願った。
 民間の組織だから、政府からお願いする…というわけにもいかない、のであろう。が、メッセージ性に欠ける(覚悟が伝わらない)ニッポンの政治家まかせでは、どうにもならない。

 10年前「東日本大震災」のときを、想い出してほしい。
 あのとき、ふだんとはまったく別世界のコマーシャル放送、ACジャパンの公共広告がどれほどの力を発揮し、ずば抜けた波及効果をもっていたことか!
 日ごろテレビを観ないとされる若者たちの間にも、それは確実に伝わって「ワン・チーム」のパワーを発揮できたではないか。

 それとも…
 いまは、そのときに匹敵するほど〝難局〟ではない…とでも言うのだろうか。

◆「緊急事態宣言」はすでに全国区!

 事態は、その後さらに進行して。
 1月13日(水)には、「緊急宣言」に7府県(大阪府京都府兵庫県・愛知県・岐阜県・栃木県・福岡県)が加えられ。
 このとき政府筋からは「(宣言に追加は、これが)最後の船」と、苦しまぎれの声さえかかったということだ、けれども…ナニ国民の認識するところは、すでに「宣言は全国区」である。
 政府筋には、この最後のチャンスに、せめて「国民との時刻あわせ」をしておいてほしいものだ。

 時を同じくして発売(14日)された「週刊新潮」1月21日号には、『医療崩壊はしていない ~「神の手」外科医が訴える「コロナの真実」~』の記事が載った。
 ぼくにとっても、コロナ対策の医療事情は喫緊の関心事、週刊誌にひさしぶりのアタリ(手応え)を感じとったボクは、早速に買って熟読した。

 次回は、その話しをしたいと思う。