どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

たっぷり極上の出汁で迎えた新年 /       ぼくらが生きる〝新コロ〟後の〝新来〟社会(5)

-No.2687-
★2021年01月29日(金曜日)
★11.3.11フクシマから →3613日
★延期…オリンピック東京まで → 176日
★旧暦12月17日(月齢15.9)
※次回は、2月2日(火)の予定です※






◆前回は「楽らく出汁」、今回は「本格出汁」

 わが家の2021新年迎え、ぼくは丹念に心をこめて「出汁」をひいた。
 極上の出汁は、「口福」と「健康」を意識したものにちがいない。
 でも、いまはこれが例年のことで、別に「とびきり」じゃあない。

 ただ、想えば…うちの正月迎えが〈さま変わり〉した、〈区切りのとき〉というのは確かにあった。あれから…どれくらいになるだろう。

 母が亡くなってから10年くらいまでは、それでもなんとか〈わが家〉風、重箱に年越しの「おせち」料理を詰め替えて、三ヶ日くらいは〈らしく演出〉をこころみ。また、それなりに〈らしい華やぎ〉を感じたりもしていた…ものだったけれど。
 
 年始に来客を迎えることもなくなってくると、気の抜けるような世の中の変化を身近に感じ。よくよく想いみれば、子どもの頃に味わったほどの〈ハレの日〉感、すでにいまどきの正月にはなかった。
 正月料理といったところで、いまはもう、どこの家庭だってきっと、ふだんの豪華版の方がずっと上。〈ハレの日〉だって名目あれこれ、倍々ゲームで増える一方。

 それに正月料理というのが、そもそも家庭の事情からいえば、勝手向き(台所)をあずかる主婦の労を、年に一度はいたわろう…の気くばりごとで。
 それを、歳神迎えのときに重ねることになった、にすぎない。

 ならば、いっそ、正月迎えは家事一切を離れたほうがよかろう、というので。
 いまふうに思いきったボクは、母の晩年の10年ほどを、親戚筋にも声をかけ誘って〈年越しツアー〉を挙行したこともあった。

 その後あたりから、正月迎えの〈しつらえ〉が変わった、わが家。
 いまでは重箱の出番もなくなって、〈家伝〉といえるものは雑煮くらい。
 関東ふう切り餅の雑煮は、小松菜のお浸しに鳴門巻のひと切れが色を添える程度の、シンプル一番。

 したがって、うっすら醤油味の「おすまし」仕立ては、「出汁」が命になる…いってみれば自然のなりゆき。
 その〈出汁をひく〉ことがいまでは、ぼくの〈年越し仕事〉に定着している。





◆わが家の定番年始料理

 いまは「おせち」も、彩りもの。仏壇にもテーブルにも、小皿にわけて供する。
 メインの「雑煮」のほかには、三ヶ日から4~5日はもつように準備しておく料理。「おでん」に「筑前煮」くらいがあれば、わずらわしい手間もかけずにすむ。

 その「雑煮」と「おでん」に、たっぷり「出汁」が要ります。
 だって、どっちも「出汁」で食するようなもの、ですから。

 たっぷりの正月用に「ひく」、「出汁」は5~6㍑の鍋に2つ。
 材料(分量)の目安は、ざっと水1㍑につき、昆布10~15cm、かつお厚削り20~25gくらい
 パックものなら袋の内容量表示から見当をつければいいし、基本はケチらずに多め多めにすればいい。
 なぜなら出汁は〈濃かったら薄めればすむ〉ものだから。たりない分を補うよりずっとマシ。

【ひき方】
➀1日目・水出汁 朝。大鍋に分量の水を満たし、カットした昆布を入れて、そのまま1昼夜置く。
➁2日目・鰹出汁 水出汁の大鍋を中火にかけ、湯気がたってきたら昆布カスをとりのぞく。次に、鰹節・厚削りを加えて、強火にし。煮立ってきたら、沸騰する前に火を止め、カスを丁寧にとりのぞく。
③味つけ 雑煮・おでん共用でいい。酒(1/3カップ)・味醂(1/3カップ)・砂糖(小さじ1/2目安)で下味をつけ、塩(小さじ1目安)で味をきめ、醤油は香りと色付け程度に心がける。
※1 入れすぎると取り返せない調味料は、少しづつ加え。味は濃すぎないよう(舌は濃い味を好みがち)に気をつける。
※2 もし出汁が「もう少しほしい」ときには、前回ご紹介した「牛乳瓶」式の〈楽らく法〉でいけばいい。

◆こうして出汁に潤った新たな年迎えは…

 まず、前段。
 年越し数日前からのテーブルは、北の国の知友から恵送いただいた活ホタテほかの魚介で、近ごろハマっている「アクア・パッツァ」三昧の日々。
 そうして恒例、年越し蕎麦の晦日が明けて…

 迎えた新年。
 3ヶ日とも、おかげさまで関東沿岸部は好天に恵まれ。
 例年どおり、ぼくは元日ニューイヤー駅伝
 2~3日は箱根駅伝に、朝から酔い佳い、気もちよくはすごせたのだけれども。

 世の中は、ひたすら沁み沁み。
 外を通る人の、クシャミも遠慮気味にマスク越し。
 気づまりなこと、このうえなく明け暮れたことでした……