どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

100年目の「国勢調査」考 / 調査員をつとめて感じたトゥデイズ・ジャパン

-No.2593-
★2020年10月27日(火曜日)
★11.3.11フクシマから →3519日
★延期…オリンピック東京まで → 270日
★旧暦9月11日(月齢10.3)


◆臨時国家公務員になる

 7月にスタート-とした「GO TO トラベル」で、すっかり「新コロ」禍も忘れ、浮足立った世の中。
 そんな折も折、ぼくのところへは町田市総務部からメールが入った。発信元は市政情報課統計担当。

 ぼくは、その通信内容を読む前にすでに(そうか5年か)、時のながれの早さを想った。

 その通信は、5年ごとの国家事業「国勢調査」の調査員を募るもの。
 経験者には「このたびもお願いできるか」ということで、応募の意思があれば知らせてほしい…とのこと。
 同時に別に、未経験の一般市民あてにも公募の告示がなされたわけである。

 ぼくの場合は、時間づかいが自由になるフリーランスでもあったから、60のときから参画して4度目になる。
 今回の「国勢調査」は、1920年(大正9)の第1回からかぞえて、ちょうど100年の節目になる、という。
 (冒頭の図は、その第1回のときの告知…神武天皇が描かれている)

 受諾応募のメールを返すとき、ふと、もういちど次回(齢80)までなら、このままいけば、まぁ、なんとかデキるかな…と考えた。

 「国勢調査員」というのは、公務員とはちがう一般市民にとって、ふだんは見ず知らずの市井の人々に接して、じかに民情にふれることができる、またとない機会。
 ただし、立場は「臨時国家公務員」となり、総務大臣からの任命書もある。

 けっして、安易に務められるラクな仕事じゃない…けれども。人の素顔、人情の機微をふれるチャンスは、とくに〈表現者〉にとってはきわめて貴重。なろうことなら、若い人たちにこそ、ぜひ経験してほしいと思うくらいだ。
  ……………
 そんなことを思いつつ日を送るうちに、いまどきの世情を物語る記事が、追っかけ新聞に載った。
 -今年100年の節目-「国勢調査 あり方は?」と問いかけるかたちで。
 内容のポイントは2つ。
 1つは、高齢化やコロナで「調査員が不足」について。
 じつは町田市でも、「調査員募集」の試みがくりかえしなされ、これは、かつてないコトだった。〝密接〟を避けろ…という状況では、調査員のなり手がないのもうなずける。〈1軒1軒しらみつぶし〉のできる時代でもない…のもたしかだ。

 もう1つは、「昨今は調査票の提出に協力的でない世帯も増えている」件。
 これは経験者なら誰しもが「うむ」と頷くことにチガイない。この傾向は、ぼくが参画した15年前からすでに始まっており、民情との乖離は回を追うごとに増して、5年前にはかなり難儀な事態になっており。
 極端に言えばヒドイ場合、「国勢調査…って、ナニそれ?」てなものだった。
 
 国勢調査は、1軒1軒戸別訪問の世界だから、限られた期間に、1人の調査員が受け持てる範囲にも限りがある。
 町田市のトータル調査員数は知らない…が。
 総務省によれば、全国での調査員総数は70万人を目標(前回同様)に市区町村に確保を呼びかけたものの、8月時点で60万人ほどにとどまっているとのことだった。

 そうだろうな…とボクも思う。
 言ってみれば営業事務のように配慮の要る仕事で、なにごともメンドウそうだし、こんどは「新コロ」感染の心配もある。君子危うきに近寄らず…であろう。

 もっと大きな現象は、「国」と「民」との意識の乖離だと思う。
 「国勢調査」はその名のとおり、「いま日本に暮らす人(外国人も含む)」を対象に国の政策策定の基礎資料(選挙区の区割り、地方税算定の基準、各種統計など)となるものだ。したがって「国」が知りたいのに対して、いま現在の「民」の方は、さほど「国」を大事には思っていない。つまり「国民」の義務感も薄い。

 保守党は懸命に「愛国心」を(持って)…と叫ぶが、民にしてみれば、日常に不都合さえなければ「国」より「自由」なのだ。
 煩雑な情報社会に翻弄され、どこに落とし穴が仕掛けられているか知れない不安な世間である。そんな現在に生きるには、できるかぎり吾が身にまつわる情報をソトに出さない(知られない)のがイチバンと心得るわけで、一概に「不協力」はケシカランとも言いきれない。

 若い世代を中心に、共働きや単身の世帯では、以前に比べてもハッキリ〈日中不在〉が数多く目立ち、世帯の表札さえ出さないのがアタリマエ、いまどきはそれが現実だ。
 つまり、ここに誰が暮らしているのかも、ワカラナイ。
 (いいだろう、放っといてくれ)というわけだ。

 「世帯」より「個人」を〈だいじ〉にする、いま現代に、「国勢調査」の在り方そのものが合わなくなっていることも指摘される。
 性的少数者(セクシャル・マイノリティー)の課題(同性カップルを調査対象として集計するのか)もある。



◆担当調査区で想ったこと

 9月に入ってすぐの「調査員事務説明会」で、資料の配布と説明を受ける。
 少人数を集めての〈分散開催〉は恒例のことだった、けれど、見知った顔にはひとつも出逢わなかった。

 実施要項と細則に変わりはなく、ただ「新コロ」感染のリスクを避けるため、なるべく直接の面会をなくし、インターホンによる通知に重きをおくように、ということだった。すでに採り入れられていた「インターネット回答」を、さらに積極的に推奨することも確認され、面談による聞き取りはなるべく避けること、とされた。

 それぞれの調査員がうけもつ「調査区」は、市の方で決めるわけだが。調査員にとっての関心はコレにある、といっていい。
 おのずと、いい地区(いろいろな意味で調査しやすいところ)とそうでない地区があることは、市民ならある程度は心得ているからだ。

 都市部の場合には、〈調査員が自宅から徒歩で回れる範囲〉が基本になっているらしい。ぼくの担当調査区は、これまでも概ね「良」のところばかりだったが、こんどは家からも近い足場の好さ。これには年齢の考慮が、あったのかも知れない。

 担当の「調査区」3つを、下見がてら「国勢調査のお知らせ」を配布して歩くことからスタート。
 追っかけ段ボール箱で届けられてきた「調査用品」を整理、指示に従って戸(個)別の調査用紙を作成、配布の順番・経路を作成。…しながら、予想される担当調査区を在りようを頭になぞってみる。
 自治会の役員を務めたこともあるので、地域の概略には馴染みがあった。

 担当調査区は、郊外の住宅地。
 民心は概ね安定しており、不安な要素はひとつも見あたらなかった。
 以前の担当調査区内には、一部エア・ポケットのように存在する穴ぐらのようなところがあって、そこの住民は呼び鈴にも応答なし、顔をあわせることがあっても無視するか睨みつけるか、のどちらか。
 正直、ゾッと背筋の寒くなる想いを味あわされたことさえあって。いうまでもない、調査への回答など望むべくもなかった。

 こんどの担当調査区の場合は、そんなオソレもなさそう。ただ、歳月はやはり住宅地の様相を変えていた。
 ぼくは、いま全国的な問題になっている〈空き家〉や〈放置家屋〉のことを心配したが、そんな家もほとんどなく。しかし高齢化地域に違いなく。では人口減かといえば、そのぶんは2世代・3世代住宅がカバーしているように見受けられ、地域人口は現状維持か漸減傾向あたり…だろうか。

◆ぶじ、なにごともなく、おえる

 
 本番の「調査員」の仕事は、下見をもとに作成した「調査区要図」をもとに「調査用紙一式」の入った封筒を、戸(個)別に配布することから。
 調査員は、身分を明示する総務省発行のネームカードを下げ、腕章を付け、フィールド・ワーク用のバインダーと手提げ袋を持っての巡回だ。

 いまはもう、ほとんど全戸に設置といっていい、インターホンで「国勢調査員」の来訪を告げ、「調査用紙入り封筒を郵便受けに入れさせてもらう」こと、「必要な調査用紙枚数」を確認、「回答はなるべく、個別ナンバーの割りあてられたインターネットを利用してもらいたい」こと、「あるいは用紙に記入・郵送してもらい、調査員による聞き取り記入は避けたい」旨を告げていく。
 たまたま留守の家があれば、「連絡メモ」に次回訪問の予定日時を記入して郵便受けへ。呼び鈴に応じて出てきてくださる方が、いつものことながら少なくなくてキョウシュクする。

 配布は順調。唯一コマッタのが集合住宅(アパート)で、まず、どの部屋が〈空き〉で、どこに〈住む人〉がいるのかに悩まされる。極端にいえば、人気のしない〈住戸〉さえあり。ベランダの物干し竿や電気メーターの動作などを見て…それでも判断に迷うことが少なくなかった。
 管理会社に問い合わせればいい、ことかも知れないが、「調査員」にそこまでの責任も権限もない。

 二回目の巡回訪問で、留守のお宅には「調査用紙一式」入りの封筒を郵便受けに入れさせてもらう。なにかあれば、専用の「コールセンター」に電話がいくことになり。ぼくの場合は計3件。コールセンターからの問い合わせと、調査用紙追加の指示があった。

 こんどの担当「調査区」は、民度のたかいと思われる地区だったせいか、一部マジメ(すぎる)ほどの対応が見られ。
 いちばんに吃驚させられたのは、すでに両親が亡くなって空き家然となったところに、別に住まいをもつ家族が、時折に訪れているらしいケースだった。
  ……………
 ともあれ、こうして。
 「国勢調査」は、はじめに「インターネット回答」が10月に入って締めきりになり。その後、「調査員」は「調査への回答はお済みですか」の文書を各戸に配布。
 その結果の集計された「回答状況確認表」が、担当部署から各「調査員」のもとに送られてきて一段落…の段取り。

 「調査員」はそれをもとに担当区の、詳細な回答状況をみずからの報告書にまとめる。回答状況のよしあしは、調査員の責任ではない…とはいえ、やはり大いに気になるところで。
 ぼくの場合は、このたびも、まぁまぁ優良…の部類だったのではないか。回答率は80%近くに達していた。

 「調査員」の仕事は最後に、途中確認ながら未提出だったお宅へ「調査票の提出のお願い」を配布して終了。
 詳しいことは知らされていないが、あとは、担当部署による調査(近所への簡易聞きとりなど)がのこされているようだ。

 仕事納めの「調査書類提出会」は10月の中旬。
 やはり少人数の分散方式で開催され。調査用品の返還、事務方による「調査書類」の検分があって、「ごくろうさま」となった。
 検分は、担当調査区の難易や調査員の個性にもよるのだろう、かかる時間に多少があり、細部事情聴取のおこなわれる場面も見られた。

 …が、ぼくの場合はおかげさまで、なにごともなく、ぶじ、おえることができた。
 担当「調査区」の方々に感謝あるのみ…

 おしまいに
 ひとつ感想をもうしあげておけば、〈戸別訪問〉形式の「国勢調査」はもう、現代時勢に適合していないこと明らか。
 〈抜本的に大改革〉のときではないか。