どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「新コロ」新総理誕生の…されど〈ゆ~うつ〉

-No.2554-
★2020年09月18日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3480日
★延期…オリンピック東京まで → 309日
★旧暦8月2日(月齢0.7)





◆ようやく陽射しに秋の匂いがしてきた

 9月14日、月曜日。
 創始100年を迎えるという、この国の「国勢調査」。
 調査員のひとりになって、この日の午後、担当区域をひとめぐりして帰宅したら、やっぱり汗まみれになっていた。
 (国勢調査のことは、後日あらためてお話しましょう)

 シャワーを浴び、井村屋の「あずきバー(婆)」さん(ぼくん家ではそう呼んでいる)コリコリ齧りながらテレビをつけると、自民党総裁選の結果が報じられ、菅義偉さんがいつもとかわらぬ仏頂面で、手だけは派手に勝利をアピールしていた。
 この総裁選、幕が開く直前の裏舞台で、すでに筋書きができちまってたから、結果は暑苦しくも知れていた。

 それでも、ぼくが菅新総裁の人物像を、あらためて吾が目に確かめておきたかったのは、戦後のある風景が、この人にダブって映る…からだった。
  ……………
 
 ぼくの世代は、1969年(昭和44)の東大安田講堂事件に代表される、民主化闘争〝大学紛争〟の最中にあって。その頃のデモ学生間には、「〝鬼の七機〟オソルべし」という〝呪文〟にちかい噂が根づよかった。
 通称〝七機〟…「第七機動隊」はその頃、デモ隊鎮圧の先鋒。その隊員は多くが農家の次・三男たちで占められ、したがって彼らは「恵まれたキャンパス・ライフを謳歌する親がかり学生どもを許せないのダ」と、秘かに語り伝えられた。
 (ふ~む、なるほど…ごとではあった!)

 当時の機動隊は、主武器の警棒を、頭上に振り上げる(目立つ)戦法から、下から突き上げる(目立ちにくい)戦法に切り替えて、成功。腹周りに週刊誌を挟んで対抗した学生たちの多くが、手ひどくヤレれている。警棒は、週刊誌の間隙から腹を突いてくるのだから、たまったものではなかった。

 そんなあるとき、ボクは、ノンポリ学生運動とは無縁)学生の態(デモ学生と知れれば袋叩きに遭うであろう恐怖感があった)で一人、皇居前広場に出張ったことがあり。そのとき、道の向こうに警備の壁をつくって居並んでいたのが、たまたま〝鬼の七機〟の面々であった。
 ぼくは、そ知らぬふうでその場にしばらく佇み、ジュラルミン盾の上にあらわれた逞しい上半身の彼ら、ヘルメット・バイザー越しに、隊員たち個々の顔つきを見きわめようとした、その結果。
 なにしろ、はじめてのことでもあり…

 意表を衝かれて、吾ながらまごついた記憶、鮮烈にのこる。
 ほとんどの隊員が、素朴な(きっとそれが素顔…)、まだ童顔にちかい表情を隠そうともせず、折から照りつける陽に、眩しそうな視線を空に向けていた。
 なかに一人、いかにも東北人らしく紅い〈りんごっ子〉頬っぺの若者に、ぼくは、いつかある日、どこぞの野良道で出逢ったことがあったような…親しみと好意とを覚えてしまったのだった。
  ……………

 いま、あらためて脳裡に閃くのは…
 そのときの若者の顔が、めいっぱい鋭く早くズーム・アップして、ぼくの遠い記憶の縁から。いま権力政府の官房長官から一国の総理総裁にのぼりつめようとする人物、菅義偉さんの顔貌へと、(やっぱりマチガイない)スッと溶け入ってしまったわけなのである。
 そうして、やがて…

 そこに透けて見えてくるのは、意想外に気安い照れ笑い顔の、影に覗ける〈無理無体〉も辞さない〈体育会系〉凄みの素顔。
 弱者を情け容赦なく切り捨てかねない、理不尽でしかない〈勝ち組〉意識が、いつ、その素顔をあらわしてもオカシクはない、そのことだった。
 第99代の新総理には、安定感のある仕事に励んで、けっして「きゅうきゅう」としてほしくはないし、また、国民を「きゅうきゅう」の目にあわせないでもらいたい…と切にも願う。

 また、
 この「新コロ」サイド・バイ・サイド時代には、民国民〔たみこくみん〕にも思いきった意識改革が望まれるのは、言うまでもないことだ…と思う。

 たとえば
 元総理の急落していた支持率が、〝病気退陣〟となった途端にハネ上がった、民意識の〈地滑り現象〉と。新総裁の「東北から上京、働き苦学して掴みとった男の栄光」に対する民意識の〈液状化現象〉とが、相和してトッテモ違和感、とともに、トテモトッテモ気怠〔けだる〕く気をおもくさせる。

 18日(共同通信発表)の内閣支持率調査によれば、支持66.4%、不支持16.2%。この数値を(ご祝儀相場として)、「高い」と見るか、それとも「低い」と見るかも、微妙ではあるし。

 もうひとつ、気になる風景だったのは…。
 こんどの総裁選、決着のついた後。
 壇上に並び、たがいの健闘を称え合い党内融和をアピールする人たちのなかにあって、互いに握り合った手と手を、強く強く握りしめ、振り上げ振り上げ、身体いっぱいに震わせて勝利を噛みしめる…菅・安倍のお二人さんだけが、明らかに、なぜかヒジョーに興奮していたのも、じつに奇妙な光景であった。
 ぼくの目には、発端は菅さんが「礼」をこめての握りしめ&振り上げに、安倍さんがワケはイズコか知れずとも応じた結果、相乗効果加味して交響した…と見えたのだが。他からは、この光景への言及がほとんど見られなかったのは、ハテなぜだろう。
 しかも、はたして、この二人の心中、ぴったり同感であったか…どうか。それさえも、ワカりはしない。

 「安倍後継」を呪文のごとく強調する菅さんもシンパイなら、「島国根性からくる自己完結型の国民性」そして「付和雷同型の同調強制思考」と指摘される、日本人の真性がこれから、どう転んでいくのか…そちらの方がもっとシンパイだったりする。

 とかく政治は、民を蒙昧にしておきたがる。
 そのほうが都合がいいから…だが…もう、もう、たいがい、いいかげんにしないと…イケナイと思う。