どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「新コロ」禍中…の三浦半島へ /        ひと夏のおわりを見とどける(前編)

-No.2538-
★2020年09月02日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3464日
★延期…オリンピック東京まで → 325日
★旧暦7月15日(月齢14.0)、満月





◆8月30日(日)、三浦半島へ…車で

 「新コロ」禍中の夏休みが、いかなるものであったのか…を、確認しに。

 サマー・バカンス、シーズン中のお出かけは、朝早くからエンジン始動しておかないと、なにかとゴタついて1日を気もちよくすごせない。
 …ハズなのに、なぜか身体が言うことをきかない感じで、出遅れ、ついでに忘れ物を想いだしてわが家へUターンまであったりした。
 慣れているはずの〈外出モード〉のオイルが、みごとに劣化していた。

 にもかわわらず…
 国道16号、保土ヶ谷バイパスから横横(横浜横須賀)道路、町田のわが家からのルートに、車列あきらかに少なく。渋滞の覚悟、みごとに肩透かしを喰らう。
 みんな通りすぎたあとか…あるいは誰もが出遅れたか…ワカラない。

 三浦海岸の〝海水浴&サーフ銀座〟を走り抜けたが…浜に人影もボードも(アレマ!)と少なく。静かな波の煌めきばかりが眩しい。
 (のどかだ、ねぇ~)つい、助手席のかみさんとハモってしまう。
 ふだんの夏なら、渋滞の車列を縫って人が浜へと流れ、〝芋を洗う〟と表現される人波の間で海が肩身を狭しくしていたところが…だ。
    
 浦賀水道沿いを毘沙門の磯場まで行き、台地の畑作地帯へと上がって風が碧から緑にかわり、無料になった城ヶ島大橋を渡って城ヶ島公園へ。
 1日1000円ぽっきりの駐車場が、ぼくらの入場後、間もなく満杯になって、ようやく(夏休みのしめくくり)を実感する。
 やっぱり、みなさん出遅れていたらしく、フ…と微笑ましい。

 夏の雲にも、すでに秋の気配が滲みかけるこの季節だ、けれども。
 湿り気の少ない陽気に、カラッと空は澄み、磯遊びの親子連れの向こうには、房総の山並みがクッキリ望まれた。
 城ヶ島の広い園地では、駐車場が満杯になっても、人が〝密〟になることがむずかしい。そんななかでも、親子そろってのマスク姿、そんな世に「必要だからじゃないよ、ひと目があるからさ」という声が多かったことを想い出す。
 (TPOだよね)ボクは、歩きだして間もなく、息苦しさとムレに耐えかねてマスクを外した。

 昼どきになって、油壷マリンパークに近い、小網代湾のシーボニア・マリーナ、レストランへ。
 戸外での〝人混み〟より、ダイニング・テーブルでの会話〝息がかり〟の方が、ずっと気にかかる。食事は、もっとも心もちの緩むときであった。

 ふだんからテーブル数も少なく、余裕のある店内は予約客でいっぱい、席待ちになったが、海からの風の流れもよく。くつろいだ気分で外食のチャンスから、どれほど遠ざかっていたことか…を、しみじみ噛みしめる。

 マリーナからは、ひと夏のおわりを惜しむかのようにヨットやクルーザーが湾内に繰り出して、子どもたちを遊ばせながら、大人たちもそれぞれ、たっぷり水浴びを愉しんでいた。
 (のどかだ、ねぇ~)
 爺っちゃ、婆っちゃは、もういちど溜息。
 こんどは、わざとらしい口調で…すると、お道化たつもりの声音が、おしまいは欠伸まじりになっていて(オォ、マイ、ガッ…)、そのまま天を仰ぐ。

 このとき「新コロ」は、どこにも完璧に居場所を失っており……

 そうして
 ぼくたち、いまの「新コロ」時代に必要だったのは、どうしても遠くへ「ゴー・トゥ・トラベル」だったのではなく、ただ坐りっぱなしでいた姿勢から、息抜き気分転換の軽い運動の時間がほしかったのだ、ということに気がついていた。
 (つづく)