どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「新コロ〝濃霧〟」の道を照らすフォグランプ/  点灯中!しばらくは〈模索の旅〉がつづきます   ㉗「旅」は何処へ…

-No.2459-
★2020年06月15日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3385日
★延期…オリンピック東京まで → 404日
★旧暦4月24日
(月齢23.4、月出00:55、月没13:12)





★船旅を愛する人々へ★

 購読している東京新聞
 6月13日(土)夕刊。1面。
 中段の左端、目の行きやすい位置に、小さいけれども〝きちんと存在を認めさせる〟記事が載っていた。

 【ニューヨーク発=共同】の記事。
 国連のグテレス事務総長が、「人道の危機だ」との懸念を示した。

 「新コロ」パンデミックによる渡航制限の結果、世界に200万人はいる船舶乗務員のうち、数十万人がどこにも上陸できず、数ヶ月にわたって海上にとりのこされている(なかには海上生活15ヶ月におよぶ船員もいる)」というのだ。
 そこで事務総長は加盟国に対して、船舶乗務員たちを「重要労働者」と公式認定した上で「要員の安全な交代を保証するように」呼びかけた、と。

 ちなみに船舶輸送は、世界の貿易の80%以上を担い、これらのなかには医療資材や食料など「新コロ」対応に不可欠な物資も多い、という指摘もある。

 これに関連して
 日本で想い出されるされるのは、「ダイヤモンド・プリンセス」横浜寄港に始まる一大事で、このことが与えた「船旅への憧れ」失墜も甚大だった。

 大海原への旅立ちの夢が、「港を離れることは流離人〔さすらいびと〕の始まり」という怖れをはらむ事実を、つきつけられることになったからだ…し。
 それは、羨望と尊敬のマトの船長以下、多くの船員たちと運命を共にする旅でもあったことを、あらためて確認させもした。

 ひとごとじゃないよね、なんとかしたい!

★「囚われ人の旅」は卒業したい★

 同じ新聞の、別のページには、こんな記事もありました。
 「新たな「旅」模索
 サブタイトルは
 「苦境の業界、「ビジネス客」「近場」に照準

 「新コロ」禍で、(きっと〝とりあえず当面は…〟でなく必然として)旅行の形態も旅客のニーズも、大きく見直さざるをえない、これからの人間社会。

 そのキーワードが、「仕事との融合」と「近場の旅行」だと言うのは、表現が適切かどうかを別にすれば、まちがってはいない、と思います。

 テレワーク(…の在り方は別の課題として)の進捗にあわせて、働く場(=住まう場)が都会でなければならない…ことはなくなりました。
 政府がそこのところに賢く気づき、支援すれば都会を離れ田舎に住まう人は確実に増えるはずだと、ぼくは思います。

 旅もその延長にある…というか、究極、生きることが旅の始まりですから。
 たとえば宿泊施設の場合には、その〈都会から田舎への生きがいシフトを橋渡し〉の役どころも、きっと大きくなるに違いありません。

 「近場の旅」については、これはもう、ぼくはずっと以前から「旅に距離の遠近なし」と言ってきました。

 「旅」は、もともとが個人的なもので、グループや団体はただの都合、あるいは付き合いにすぎません。
 「くつろぎ」と「遠くへ行きたい」とは、じつは、まるで縁遠いこと。「くつろぐ」のに遠くまで出張る必要はないし、「遠くへ行きたい」者には冒険がつきもの、安息と両立など望むべくもない。

 「旅」は、ヒトの気配の感じられるところで噛みしめる孤独が、たまらなく恋しい性質のものですから。もともと、ひどく人恋しい。

 マスクも、フェイス・シールドも、ソーシャル・ディスタンスもいいけど、そんなのが本質じゃぜんぜんない。そこでズレちゃ、おしまい、
 宿も、そのほか関連する商売の方々も、このことを忘れずに知恵を絞れば、結果は自然についてくるでしょう。

 ただ、それもヒトによります。旅人の気をそらさない、もてなし以前の心映えをもつ人柄をたいせつにしてほしいものです。

  ……………

 来る7月1日からは、東海道新幹線に「ワンランク上の乗り心地」を謳い文句にした新型車両「N700S」が登場します。

 いっぽうでリニア新幹線の方は、いつもの〈開発と環境の狭間〉の問題で、JR東海と〈ルートの要〉静岡県とがもめています。

 いずれにしても、「旅」するのはそれぞれ個のヒトで、みずから考えるヒトでなければ、ち~っともオモシロくないんですよね!

 こんどこそ、それがワカル時代になってくれるかな……