どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ぼくの「窓」は…「外から内へ」「内から外へ」をさ迷って…「明かり採り」に行きつきました

-No.2443-
★2020年05月30日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 3369日
★延期…オリンピック東京まで → 420日
span style="color: #dd830c">★旧暦4月8日、上弦の月
(月齢7.4、月出11:21、月没00:17)

◆開けても…閉じても…情念の〈窓〉向こう

 前回、-No.2439-5月26日(火)記事。
 「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」に触発された〈窓とぼく〉について、少しばかりお話しさせてもらいました。

 それから、想い出すままに、これまでの旅で撮りためた写真のなかから〈窓〉をテーマに探して見たら、以下にお見せするようなシーンがのこされていました。

 そんな写真と記憶をたどって、思いつくまま、フォト・エッセイふうに、まとめてみました。







 外から内を見る「窓」の情景には〈凝縮〉の薫り、内から外を見る「窓」の情景には〈澄明な拡散〉の薫り…がありました。
 どちらが好み、ということは、とくにありませんでしたが。

 外から内を見る「窓」の情景には、「肖像権」とか「財産権」とか、いずれも「人権」へとつながる複雑かつ微妙な気の流れがあって、気ままなレンズには、どうも向かいにくいところがありました……
 なんとはなしに重い、ものがあって。

※上掲の写真 (上)糠平湖畔コテージの窓=北海道上士幌町/85年晩秋、(下・左)山居倉庫の窓=山形県酒田市/96年晩秋、(下・中)サイロの窓=北海道根室市/75年冬、(下・右)総持寺祖院の窓=石川県門前町/96年秋






 そうこうするうちに、そんな、ぼくの困惑と悩みを解決してくれる光明が、ス~ッとひとすじ、射しこんできてくれました。
 天窓や障子窓から射してくる陽光と、その翳りと…です。
 窓の内にいるぼくと、外にある自然〔じねん〕との、たくまざる交歓。
 これにはボク、すっかりシビレてしまいました。

※上掲の写真 (左)大沢温泉ホテルの天窓=静岡県松崎町/84年夏、(右)旅館・油屋の障子窓=長野県軽井沢町追分/84年冬
 


※上掲の写真 (左)上平村・岩瀬家の障子窓/82年晩秋、(中)平村・村上家の障子窓/95年秋、(右)平村・相倉合掌集落の障子窓/95年秋 以上いずれも富山県

 この「窓」をテーマにしたフォト・エッセイ。
 思い入れのネタは、まだ、ほかにも。
 また、なにかの折りに、風を入れてみることにしますネ……