どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》東日本大震災から9年 / 被災地東北行脚の〝再開〟と…オリンピック〝動向〟の見守り

-No.2363-
★2020年03月11日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 3289日
★ オリンピックTOKYOまで →  135日
★旧暦2月17日、十六夜の月・立待月
(月齢16.5、月出19:35、月没07:04)
★〝桜〟開花まで積算600度追跡=10日まで508℃









◆あれから9年3289日…

 きょうの東京は、朝から気もちのいい晴天。日中の気温は20℃になる予想です。
 9年前の、この日。大震災・大津波原発事故のトリプル災害に見舞われた東北地方の空には、冷たい雪が降りしきっていたのを、きのうのことのように想いだします。

東日本大震災の人被害】
 〇死者    15,899人
 〇行方不明者  2,529人
 〇震災関連死者 3,739人

 その前日、きのう10日は…
 さきの大戦、アメリカ軍による「東京大空襲」から75年の日でした。
 ぼくは、同じ年の夏に、〝川(多摩川)向こう〟の神奈川県川崎市に生まれています。
 父の実家が都心の日本橋でしたから、もし父が次男でなかったら東京を離れることもなく、したがって、ぼくは生まれていなかったかも知れません。

 きょう、そうした複雑な心境のときに。

◆お知らせします!

 お読みいただいております、このブログ。
 おかげさまで、きょうで通算2363回になりますけれど。

 じつは、はじめから。
 冒頭表示に「11.3.11フクシマから→〇〇日」「オリンピックTOKYOまで→〇〇日」とありますとおり、東日本大震災からの〝復興〟ぶりと、オリンピック開催とが、どこまで〝同調〟できるかを見とどける考えがありました。

 ですから、そのオリンピック「2020TOKYO」大会、予定どおりにいけば、7月24日の開会式(まで135日)で〝句切り〟を迎えることになります。

 いずれにしても、ブログそのものは…
 〈仕切りなおしの再出発〉するつもりで、(生あるかぎり行けるところまで行こう)心算〔つもり〕でしたが。

 このたびの「新型コロナウイルス」感染拡大、すでに、現実はパンデミック(世界的な流行)現象に至って、テレビ画面に見る様相も東日本大震災時に似てきて。
 ぼくはマイ・ブログ継続にあたっての早急な方針決めを、迫られることになりました。
 〈なしくずし〉にはできません。

 昨年1年、事情あって被災地東北行脚を中止にしたことで、身体的にも感性・思考的にも、おかげさまで〈ゆとり〉のもてたことが、幸いしました。

 この9年。
 被災地東北に〝復興〟はありました、けれど、〝復興ぶり〟はまだ正直〝道半ば〟
 とても、〝同調〟どころの話しではありません。
 政府がすでに、2030年度までのあと10年間、延長して「復興庁」の存続を閣議決定していることが、なによりの証明です。

 はじめから、ぼくにも〝長い道のり〟の予想はありました、が。
 それにしても(まだるい)かぎりで、とても掛け声の「〝復興〟オリンピック」には(ほど遠い…)ことは明らかで……
 
 とても、「開催できてヨカッタね」と言えるものではなく。
 ましてや、いま現在の状況を見れば「で…これからどうなるの!?」、それしかありません。

 そこで、ぼくはキメました。
 それは、いうまでもない「被災地東北行脚の〝再開〟」と、(どうなるにしても)「オリンピック〝動向〟の見守り」です。

 具体的な予定は、まだ立ちません、けれど。
 さきに、このことをお伝えしておきたい、と思います。

 ヨロシクおつきあいください…お願いします。