どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」に… /  皇居北の丸、東京国立近代美術館で出逢った日

-No.2439-
★2020年05月26日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3365日
★延期…オリンピック東京まで → 424日
★旧暦4月4日
(月齢3.4、月出07:07、月没22:04)







◆〈窓〉に恋する

 ぼくが初めて、つよく〈窓〉に惹きつけられたのは……
 あれは、(戦争の)焼け跡の工場であった。

 再興のときを待つその工場は、茫々と生い茂る雑草のなかに埋もれてあり、ぼくたちガキどもの探検世界(とうぜんオトナたちからは立ち入り禁止の場所)であった。
 草むらには爆弾が落ちた痕の穴があちこちに開いて、そこから窺〔うかが〕い見る廃墟のガラス窓は、みな無慚に破れており。
 鋭利に尖ったガラスの切っ先に、トンボがとまったり、夕陽を鋭く照り返していたり……
 誰もいないはずのガラス窓の奥には、ナニモノかが潜む気配に充ちていた。

 その廃墟の工場の中へは、ガキ大将でもついに入ることができず、ましてやボクなんぞ近寄れもせず…ただ、いつかは1人コッソリ侵入してやろう野望をいだいていた…けれど。
 そのうちに、いつのまにか廃墟は囲いを巡らされて立ち入れなくなり、ほどなく工場はとり壊され、アッという間に新しく生まれ変わってしまって。
 ぼくの、ナニモノかが潜む気配へのチャレンジも、また儚い夢と消えた。

  ……………

 こうして〈窓〉への関心は、歳とともに高まりつつ、変わりやすい天気のように、さまざまにその様相を変化させながら、こころの襞深く沁みてゆき……

 つぎに〈窓〉への意識がくっきり、ぽっかり浮上したのは青春前期。
 〈窓〉は、憧れの〈深窓〉に彩られた。

 それは、東京の街にまだ都電が盛んに走っていた頃。
 最寄りの停留所から、小石川植物園へと歩く道でおきた。

 とある低い生垣のある洋館の、出窓から流れ来るピアノの音が、ぼくの足を佇ませ…
 外からは見えない出窓の奥の、部屋でピアノの練習に余念ない乙女の姿を想像させて……
 ぼくは、その場の情景の虜になった。

 それからは、足繁く通うようになった〈ピアノの窓〉の、音だけが頼りの空想の宇宙が、果てしもなく広がりつづけたわけだけれど。

 また、とある、あるとき……
 その日は〈ピアノの窓〉にピアノの音がなく、所在なく佇むボクの意識に、ふと(見られている)鋭利な感覚があって、おかしなことにそれは寒気をともなっていた。

 あらためて探るように、その窓を見ても、人影がさすわけでもなくて…しかし、明らかにボクは看視されていた。

 そのことに気づいてしまうと、ひたすら空恐ろしくて、逃げるように帰ったボクは、もう二度と〈ピアノの窓〉へは近づくことができなかったのだった。

  ……………
 
 そんなこんなで〈窓〉は、ぼくの心象風景にかかせない装置となって、いまもありつづける。
 そんなボクの目に、また、新聞の展覧会案内が「やぁ」と声をかけてきた。
 べつに展覧会マニアでもないボクは、こういうカタチで会場に誘われることが少なくない。

 皇居北の丸公園にある東京国立近代美術館へ、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」(会期は19年11月1日~20年2月2日)を訪れたのは、昨年11月の末。
 (それから…走馬灯のごとき月日の流れを想えば…転〔うたた〕茫然)

 前庭に展示された、建築家・藤本壮介さんの「窓に住む家/窓のない家」からすでにフシギ・ワンダーランドへと吸引されたボクは、ひさしぶりに、わずか2時間ばかりながら、忘我の境地に遊んできた。

 この展覧会は、「窓は文明であり文化である」思想の、「窓研究所」とのコラボ企画展。
 窓研究所という存在を、ぼくはこんど初めて知ったわけだけれども、(そうですよね、とうぜん、そうあるべきものですよね)の実感であった。

 こういう企画展の、具体的な案内はヤボというもの、だけれど。
 ただ、ときにイメージの深淵の縁に佇んでみたいアナタには、ぜひ訪れて見ていただきたかった…と、それだけ。

  ……………

 展覧のイメージの縁から、さ迷い出たとき、美術館のエントランス・ホールの窓までが、いつもとはまるで違った色彩を帯びて見えました。

 いま、このときに展覧してくれていたら、ぜひ、もう一度、訪れてみたいと想う者です。

  ……………

※次回(6月2日予定)は、「ぼくの窓」をご紹介します。