-No.2225-
★2019年10月25日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3151日
★ オリンピックTOKYOまで → 273日
★旧暦9月27日
(月齢26.7、月出02:05、月没15:24)
◆体験してみなきゃワカンナイ!
2019年8月25日。
「東京2020パラリンピック1年前カウントダウンイベント
~ みんなのスポーツ×ファンフェスティバル ~」
この日は、陸上競技場を中心にサッカー場・ホッケー場などをつかって、車いすテニスやボッチャなど、さまざまなパラ競技のデモンストレーション試合や体験会が開かれ。
ぼくは、陸上競技デモンストレーションの後、車いすバスケの体験会にも参加。
東京2020パラ大会のなかでも、人気種目のひとつである車いすバスケ。
体験希望の人たちが、子連れもふくめて列をなす盛況がそれを証明する。
ぼくは、これでも高校時代に進学校(スポーツには弱いと定評の)部活バスケの経験があり、インターハイの東京都予選で強豪、明大中野にブチあたったことがある。
いうまでもない、ぼろ負けの玉砕で。身長170cmちょっとでセンターのポジションだったボクは、相手の長身センターにシュ-トを頭上で叩き落とされたり、パスをカットされたり散々だった屈辱を、あじあわされた。
当時の日本代表だって、国際大会ではほとんど歯が立たないありさま。
ぼくらにはアメリカNBAの、ダンクシュートやミラクル・パスが、やたらに眩しかったことをいまも忘れない。
八村塁くんらがNBA入りをはたして、ようやく長い坂を上りはじめたかに見える日本代表だ…が、結果はざんねんながら、まだ長いトンネルを抜けてはいない。
男子ワ-ルド・カップ中国大会の日本代表は5日、1次リーグ最終戦の対アメリカに45-98で惨敗。2次リーグにも進めなかった(………)
……………
ともあれ
こういう経緯〔いきさつ〕もあって、ぼくは、「イスバス(車いすバスケットボール)」に、以前から興味があった。
(といっても…イスバスが本場アメリカではボクが生まれる以前の1940年代からはじまっていた…とは、いままで知らなかった)
パラ大会では60年のローマから正式種目に採用されているので、前回1964東京大会でも開催されたわけだが、ぼくはザンネンながらその実際を知らない。
当時の選手の回顧によれば、アメリカ相手に6-64。
まるで勝負にもならない、もじどおりの〝格差〟を見せつけられた、という。
アメリカには当時すでに、いまの「八の字タイヤ」車いすを使う選手もいたそうだが、それさえ日本選手には「初めて見た」ものだった…そうな。
……………
もういちど、ともあれ
「イスバス」の、コートの広さも、バスケットの高さも、試合時間も、さらには競技ルールも、〝健常〟バスケとほとんど違わない。
車いす同士が、たがいに激しく接触をくりかえす試合展開もさることながら。
この競技のワカリやすさが、「イスバス」人気を支えていることは確かだ。
いっぽう、もうひとつには、選手たちにとって、競技に参加するための門戸を広くする工夫もされていること、これも大きな人気の要因である。
その、「車いすバスケットボール」ならではのルールとは。
選手たち個々にはあらかじめ、障害の程度に応じたクラス分けがあって(これは車いすラグビーも同じ)。
障害がもっとも重い1.0から、もっとも軽い4.5までの持ちポイントが定められており。試合するコート上の5人の選手の,
ポイント合計は14.0を超えてはならない。…というのが基本である。
まだある。
これは(まだ)現在は、一部の地域ルールにすぎないけれども。健常者もクラス5.0として参加が許されている場合もあり。より多くの人に門戸が開かれている…というか、ぼくの目には、関係者による「〝健常者〟と〝障害者〟の融合」を目指す動きと映る。(これはイイと思う!)
まだまだ、乗り越えなければならない課題は多い…とはいえ。
前にも申し上げたとおり。
「オリ・パラ融合」を目指していかなければ、将来の健全なスポーツはありえない、とボクは考えているからだ。
……………
順番がまわってきて。
係の方の操作説明をうけ、いざ〈競技用車いす〉体験。
まず、「小ぶり」で「軽い」。
大きさも重さも、ふつうの手動車いすより、ひとまわりも、ふたまわりも負担が少なく、「半分くらいしかないんじゃないか」という感じ。
〈転倒防止〉と〈小まわり〉の便に、後ろにも小さな補助輪が付いており。初心者(?)は乗るのに注意が必要。体験者の車いすは、係の方がブレーキがわりに押さえていてくださる。
足は接触事故を防ぐため、足もとのガード内に納めて、いざ、すべて手動で始動する。
「軽い!」。見た目より、さらに軽く、そして小さい。
〈障害者車いす〉…というより、手軽な〈ハンディ・ツール〉の感覚に近かった。
「八の字」車輪を、両手で素早く操作すれば、ターンも、回転も、反転も苦もなくできてしまう。
さっき、若い女性体験者たちが、みんな笑顔で走りまわっていたわけが、よ~くワカル。
ブレーキも手動。だから、スピード・コントロールの方がムズカシイことが知れる。
車いすのさまざまな動きにトライしたあとは、バスケットボールいちばんの醍醐味、シュート体験。
ボールの大きさもかわらない。
ぼくは、現役時代に得意としたワンハンド・シュートから試してみる。
選手としては、バックボードにあてずに入れる「ノータッチ・ゴール」が見せ場だから、ついそれを意識しすぎて…一投目は、ナント!? ボールがリングまで届かない。
思ってもみなかった筋肉の衰えにガクゼン…車いすをひとまわりさせて頭を切り替え、こんどは全力のシュートでなんとかノータッチ・ゴールに成功。
「ほんとはネ、正式なコートで体験してもらいたかったんですけど…」
係の若者が、ざんねんそうな顔をする。
ウム…言われてみれば
このゴールの低さ(高さ1.2mくらいか)は、どうやら、「車いすツインバスケットボール」という競技方式の、低いゴールの方らしい。
いうまでもない、バスケットボールのゴールは高さ305cm(ちなみにリングぼ大きさ直径は45cm)にあるのだった。
ぼくは、あらためて、そんな高さに〈豪快ダンク〉を叩きこむ選手たちのジャンプ力に圧倒される、とともに、吾が身の筋力の衰え倍化するように感じられるのだった……
……………
きょうは、これまで。
帰路は、原宿駅まで歩く。
その間、園内のあちこちから、多くの人出で賑わう声がたえない。
ただ、それが、〝パラ〟スポーツに対する関心の高まりによるものか。あるいは、これもただのお祭りさわぎにすぎないのか。
ぼくには、いまひとつ判断がつきかねた……