-No.2042-
★2018年04月25日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2968日
★ オリンピックTOKYOまで → 456日
★旧暦3月21日、更待の月
(月齢20.1、月出....:....、月没09:18)
※きょうは、七十二候の「腐草為蛍(腐った草が蒸れて蛍になる)」頃。これは…正直、ワカッタ気もするし、(それって気のせいじゃないですか…)って気もする、よねぇ!
◆ぼく、じつは、哲学が好きだ
けれども、ぼくは学びの場にあったとき、かってに(ボクには向かない)と思っていた。
性質〔たち〕、情操を好む、からだった。
けれども、じつは、情操こそ哲学の入り口だったし、より深めたいことだったのだ…が。
かってに、みずから敷居を高くしていた、ことになる。
哲学は、「知を愛する」という意味のギリシャ語に由来する「フィロソフィー(Philosophy)」の日本語訳、だったか。
たしか、西周〔にし あまね〕という明治時代の思想家が訳した…と、たしか教科書にあったと覚えている。(いまでも西さんは教科書に存命だろうか…)
いかにも、とっつきにくい。
高校の頃に「哲」の字の意味を調べてみたら(それくらいはする)、「知る」ことだが、より「明晰に知ること」「悟ること」だ、と。
ますます、とっつきにくい。(悟りなど、ほとんど絶望的に思える)
おまけに、ざんねんにも。
(哲学は専門に学ぶもの)と天から思い、(それには永い時を要する)と思いこみ。
岐れ道を、別途に進むことになった。
(前ふりが長くなった…)
◆内山節さんという、哲学の人を識った
…のは、なにかで読んだ小文が最初。
小暗い森の道を行くうちに、思いがけず、眩しく射しこむ木漏れ陽に出逢った感じ。
内山さんの考察は、この木漏れ陽のごとくに、シンと沁みた。
おまけに、この方、その方面専門の大学の門をたたいたのではなしに、みずから知の進めた「哲学の人」であった。(ぼくにはそれができなかった…そこに気づかなかった…嗚呼)
内山さんは、いま、ぼくの購読紙、東京新聞の文化欄に月1のペースで『時代を読む』コラムを執筆しているのだけれども。
このコラム、18年9月の回に内山さんは、『変わり始めた「保守」の意味』という一文を寄せていた。
◆読書は読みくらべ
昨日ご紹介した『天皇陛下の味方です-国体としての天皇リベラリズム-』という本と、この話とを読みくらべると、たいへん興味深かった。
釣りを愛する内山さんは、それが縁で移り住んだ群馬県、上野村の人々の暮らしぶりから、さまざまな気づきをえているのだが、この稿もそれで。
彼らが移住者を受け容れ、なおかつ活躍の場も提供し、もって、これを村の崩壊をふせぐ(村を守る)智慧としていることに、本質的な<保守(主義であり心情でもある)>の精神を見いだす。
いまの上野村は、この地域の自然エネルギーで暮らせる村づくりへ、いわば<改革>の努力をしている。
結果は<保守>でも、そこには新しい試みを導入する<革新>がある、という。
かつて(1991年に旧ソ連が崩壊するまで)の<保守>対<革新>の時代、<革新>といえば、おおまか社会主義思想を参考にする立場をとった。
資本主義的な社会を、より自由で平等な社会につくり替えていこうとするのが<革新>の立場。
<革新>の側は<改革>を目指し、<保守>の側はこれを<拒む>。
ところが、こんにち、それが変わった…か、変わりつつある。
政治的<保守>の側が新自由主義、市場原理主義の<改革>を目指し、戦後社会からの<脱却(改革)>を主張し、憲法改正も同じ進行方向(改革)に位置づける。
いっぽう、こうした動きに批判的(革新的)な側は、逆に、戦後一貫して目指してきた平和主義や自由・平等の理念を<守ろう>とする。これは、ある意味、<戦後保守主義>といえるのではないか、と。
たとえば現実として、以下のような事態がある。
保守の側が、原発の必要性を主張しながら、すべての経済行為を市場にゆだねて、弱肉強食的な社会への<変革>を目指し。
いっぽう、こうした動きに批判的な、かつての<革新>の側は、自然とともに生きる社会・共同体的な助け合い社会・経済成長より充足感ある生き方の社会を目指そうと主張するが、これは態度として<保守>的な色あいをおびることになる。
<革新>の側に、これまでも指摘されてきた<思考停止>がない、とは言えない。
けれども、いっぽうで、それこそはホントウの意味での<保守主義>の流れといえるのではないか。
なぜなら、それは〝たいせつなものを守ろう〟とする考えなのだから、まちがってはいない。
内山さんは、そう指摘したうえで、考察する。
「歴史が変わっていくときには、必ずといっていいほど言葉の意味も変わっていった」、すると、「保守という言葉の意味が変わりはじめた今日もまた、歴史の変動期なのかもしれない」と。
……………
そこから、ボクが、どう考えたかを言えば。
これからの時代、やれ<保守>だの<革新>だのと、<対立軸>づくりに血道をあげるのでは、もはや、まったくなしに。
<ちがい>の根っこを、ていねいに洗い流しながら、おおきな包容力でつつみこむ、ほんとうのリベラルにこそ、明るい未来があるのではないのか、と思う。
その、いわば<冠動脈>の、1すじに『天皇陛下の味方です』の鈴木邦男の態度があり、もう1すじには「哲学の人」内山節の考察があって、よし。
なぜなら、政治とは本来、とてもありえないほどのサプライズ(意外性)の実現をこそ、最高のダイナミズムとするものであるはずだからデス……

- 作者: 内山節
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/09/21
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 29回
- この商品を含むブログ (15件) を見る

- 作者: 内山節
- 出版社/メーカー: 農山漁村文化協会
- 発売日: 2014/07/25
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (2件) を見る