どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

新年度の<門出>から1ヶ月/          ぼくの教室を<卒業>していった人たち

-No.1687
★2018年05月05日(土曜日、こどもの日
★11.3.11フクシマから → 2613日
★ オリンピックTOKYOまで →  811日

 おはようございます、おげんきよう、<なっつまん>です。 

*4月27日(金)、朝鮮半島軍事境界線での南北首脳会談が、<満面の笑みのウズ>のなかで演じきられました。北朝鮮については、これまでのアレコレ経緯からして開いた口がふさがらないのですが。それにしても見事アッパレな豹変ぶり。役者よのぉ! それにしても、裏にナニがあったのか…考えないわけにはいきません。政治の舞台にも〝背景〟が不可欠で、それなくしては周囲がアッと驚くような交渉ごとのパフォーマンスもありえない。金正恩をして、これほどまでの演技者に仕立てた<背景は何か>。いずれにしても、朝鮮半島非核化のカードを先にきって見せ(かけ?)たのは北朝鮮。こんどはアメリカがカードをきる番ですが、ひたすら行動的でその実は身勝手でしかないトランプさんの、思わぬ失態が気がかりです。正直、怖い。超大国アメリカに対抗して生き抜いていくのに不可欠な、北朝鮮が〝核〟を手放すなんてことはありえないわけで。このことをハッキリ指摘するコメンテーターは、ぼくの見聞するかぎりでは中国・朝鮮族出身の李相哲(龍谷大学社会学部教授)さんくらい。今後の行方、ぼくは、この人の視点に注目しています。*




◆ぼくの教室にも<卒業>シーン

 新年度・新学期の4月から、ほぼ、ひと月。
 感激屋で涙もろい性質〔たち〕のボクは、この季節が苦手です。

 じぶんが卒業するときにも、なぜか、走って逃げ出したくなるような感情に襲われてしまい、その始末をどうつけるればいいのかにも悩まされた覚えがあるのだ、けれど。

 ですから、みずからが学校の先生には、なりたい気分のいっぽうに、なってはいけない警鐘を聞く感もありました。

 それが人生の終盤にさしかかって、ひょんなことから頼まれて教導の立場になってみると、やっぱり<卒業>感情にみまわれ、それもこんどは<される>身の、なんともくすぐったいような、奇妙なせつなさを味わうことになったのですから。
 どうにも憮然…たらざるをえない。

 ぼくん家の工房「ちっこ房」では、2年間かよった中学生と小学生の姉弟が、卒業。
 2人の最後の作品は、自宅玄関の靴箱(整理棚)。
 
 靴の出し入れがしやすいように、棚板が奥に向かって傾斜するタイプの、全体の寸法どりから2時間×4回で仕上げ。
 しかも、いちど組み上がったものを、いったん解体、近くにある自宅まで手分けして運んで、後はパパと男の子で再仕上げ、という木工パフォーマンス。

 ふだんは頼りなく思われた姉弟が、ようやく自覚をもって取り組んでくれた作品にもなりました。
 姉弟のご両親から祖父母までふくめて、ぼくも仲間に入れてもらって、どちらさまもゴクロウさまでした!





◆もうひとつ

 「よみうりカルチャー荻窪」の教室では、ぼくよりも年長とおっしゃる家庭のお母さんが、卒業。そのワケが…
 「つくりたいモノがなくなりました」では、やむをえません。

 いまは<もの余り>と言われるほどに、恵まれつくした物質文明にあっては、これまた自然のなりゆき…とはいえ、ジワッと沁み上がってくるこの寂しさはナンだろう。

 彼女の作品、いろいろありましたけれど、いちばんのヒット作は、箪笥の抽斗1段2つ分を箱型ケースに入れ子に納めた「パソコン・デスク」。
 いまあるモノにくふうを加えての手づくりは、さすが主婦感覚といっていいでしょう。

 また、そのうちにナニか、作りたいモノが見つかったら…ネ。