どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〝影〟をカメラで追いかけてみたい…/      フォト・エッセイふうに

-No.1685
★2018年05月03日(木曜日、憲法記念日
★11.3.11フクシマから → 2611日
★ オリンピックTOKYOまで →  813日

 おはようございます、おげんきよう、<なっつまん>です。









◆おまえは何者…何処から来たの…?

 ふと、吾が〝影〟が気になって、呟いてしまうことがある。

 〝影〟は実体と実態の<写し=投影>だけれど、ときにジッタイよりも<本質>だったりする。
 影は光が直進することで生まれる、のだから、ストレートにジッタイを晒す。

 昼は短かった影が、夕陽には長く伸びて<せつない>…のは、なぜだろう。
 




◆<写し>の〝影〟をレンズをとおして<移し>て見る

 カラーで<移し>た影には、色がある。
 〝影〟の部分にも、さまざまな色が潜んで、おしゃべりに余念がない。

 写真がカラー表現の時代になっても、モノクローム(白黒)表現でジッタイに迫ろうとするカメラ(マン)があった。
 そのネライはまた、見る者の目にもリアルに通じた。

 しかし……
 考えてみれば、いっぱいあふれる色を凝縮した黒い影より、つくって単純化したモノクロームの方にリアリティーがあるのはフシギ、やっぱりオカシなことだ。



◆ぼくは〝影〟の映像を追い求めたくなった…

 どこまでデキるつもりかね? いまから…
 それを言うな、イヤな奴だ。できるとこまでヤルまでさ。
 できるかぎり…それしかなかろう。
 
 これから先、ときどきに、「影」をテーマの<フォト・エッセイふう>の語り、お届けしていくことにします。