-No.1463-
★2017年09月23日(土曜日、秋分の日)
★11.3.11フクシマから → 2389日
★ オリンピックTOKYOまで → 1035日
*18日間にわたる《11.3.11》被災地東北、18次<巡行>2017夏…の報告、帰宅後1週間の猶予をいただきましたが、未だに追いつかない写真整理をつづけながら…になりますけれども、とりあえず27日(水)から始めさせていただきます。お待たせしました*
◆夢に〝人生さきどり〟機能あり!?
どこかの病院の、診察室らしい。
医師と話しているボクの背中がある。
つまり、この場面、もう一人のボクが、別次元からでもあろうか、医師とボクの二人が話すのを、他所ながら見ている。
医師の声は聞こえない…が、ボクは我が身のことではない、なにごとかを訊ねていた。それはワカル。
医師の口がゆっくりうごいたあと。
「脊柱管狭窄症…ですか」
ボクが、医師の言葉をオウム返しにくりかえす。
医師と話しているボクも、それを見ているもう一人のボクも、それがいかなるモノかを知らないのである。
もう一人の方のボクが、それを訝〔いぶか〕る。
(知らないモノを夢に見るもんだろうか)と。
(夢に未知の知識をあたえる役割があったろうか)と。
この夢、じつは、いまから14~5年前に見た。
いつものとおり、翌朝さっそくに調べてみて、そういう疾患がたしかにある、ことを知った。
腰痛も、風邪とおなじくらい、ふつうにヨクアルことだったから、人の口にのぼることも多く、また新聞の広告欄をにぎわす存在でもあった、けれど。
一般的な病名としてはギックリ腰くらいのものであって、「脊柱管狭窄症」が知名度を上げてきたのは、つい近ごろのことである。
脊柱管狭窄症。
体幹の芯を縦軸で支える脊椎の下部、腰椎。5椎の内部に神経の通る通路があるあるわけで、これを称して「脊柱管」。
これがナニかの原因で狭まり、圧迫されることによってするどい痛みが走る。
原因は加齢。
二足歩行に移行したヒトの宿命ともいえる病い、かかるのは整形外科医。
その当時はまだ未知だった病いを、なぜか知らん夢に教えられた…のがオドロキで、以来、ボクの記憶領域の「忘れがたい」ファイルにのこされた。
ところが……
つぎの展開も意想外のことだった。
あるとき、なにかの折りに、ふと、
「脊柱管狭窄症っての、知ってた?」
かみさんに話したら、
「あぁ、Nさんが罹ったっていうアレね、あなたアノ話のとき一緒に居たじゃない、覚えてないの」
即、呆れたように切り返されて、ぼくは狼狽〔うろた〕えた。
Nさんというのは、かみさんの知人で性活発、少女漫画のキャラクターになりそうな一面があり、ついでにアレコレにぎやかに病気の見本市みたい、「こんどはなぁに?」てな調子の人。
気のおけないヒトだから、ボクもお茶をご一緒させてもらうこともあるのだ、けれども。
ほとんど女同士の話しにはいいかげんな生返事くらいで、傍で別のもの思いに耽っていることが多かった。
そんなときの話題に「脊柱管狭窄症」が登場していた、というのだ。
まるで覚えがない、けれども、聞いていたはずだと言う。
ちょと小耳にはさんだだけのことが、記憶の襞にひっかかり、のこっていたのだろう…と言う。
ぼくはガクゼン。
夢が、その夢を見る人に、未知の知識まで識らせることはヤッパリなかったのである。
古くは〝夢占い〟、今ふうには〝夢判断〟、夢見の不思議には心理学者やカウンセラーたちの間でもあれやこれや、報告・分析は山ほど集められてはいるが、いまだにコレコレと明快に説明しきれる決定打はない。
「そりゃ、そうだろう」と安心するよりも、ぼくは夢見の底知れなさにますます惑う。
そうこうするうちに、梅雨か夏かも判然としない、なんとも間のわるい時候さなかのある日、ひょいとボクはわるく腰を捻った。
左腰のどこか、曲げ方によって痛んだり痛まなかったり、これが思いのほか長引いた。
生兵法は大怪我の基、だし。
近所のかかりつけ整形外科の老医師に、診てもらうと。
問診、触診に気になる兆候も見られず、念のためのレントゲン映像にも、
「これくらいは年相応…以外のなにものでもないネ」
5つの腰椎が素人目にもまぁキレイに並んでいた。
ボクはそれを眺めて、凍りついたように無言。
いまは、わずかにその椎間が狭まってしか見えないこの辺りに、いずれ腰部脊柱管狭窄症に誘われるかと疑われる神経通路が隠されているのである。
すると、あの……
まるで他人ごとのようだった「脊柱管狭窄症」の夢見は、じつは近い将来のボクの身におこる病いを予告していたのではあるまいか。
ますます夢見の不思議に魅かれる。
<怖いもの見たさ>という性癖〔やつ〕が、どうやらボクにも巣喰っているらしい。
*図は(左)が正常な腰椎、(右)が狭窄症になった腰椎(ウィキペディアより)*