-No.1306-
★2017年04月19日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2232日
★ オリンピック東京まで → 1192日
◆水族館一の”癒し”の展示は…
ハリセンボンであろう。
イソギンチャクの触手の原っぱに群れ遊ぶクマノミもかわいいけれど。
胸鰭や尻鰭、背鰭を、団扇のようにパタパタさせながら、ゆっくり泳ぐ。
機敏さとは縁遠い、いってみれば究極のドンクサさに庇護欲をかきたてられ。
正面から対面すると、左右に離れた目に絶妙なとぼけた味がある。
「海のE・T」とボクは呼ぶ。
不細工かわいい顔をしているが、ハリセンボンは肉食性である。
丈夫な歯で、貝や甲殻類、ウニの殻などもバリバリ噛み砕く。
珊瑚礁がお似あいの南の海の魚で、これまで(温暖化以前)は日本では本州以南が生息域。
「フグちょうちん」という土産物があるけれど、愛嬌があってかわいいのはだんぜんハリセンボンの剥製である。
ただ(ハリセンボンは喰えない)…とボクは勝手に思っていたのだが。
針ごと皮をむけば喰える…ばかりでなくイケルと、釣り人からは聞かされた。
鍋や味噌汁、刺身にもなるが「唐揚げが一番かもしれない」そうだ。
沖縄の名物料理に「アバサー汁」(アバサーはハリセンボンの沖縄地方名)というのがあるそうだが、ボクは食べていないし、正直、あまり食欲を誘われない。
魚好きといっても、ボクはけっして、なにがなんでも喰いたい派ではない。
見てるだけでイイお魚ちゃんもいるのダ。
ハリセンボンを「トゲトゲボール」と称していたのが、NHKの『ダーウィンが来た!』。
鱗が変化したハリセンボンの棘、体長30cmほどの針数を実際に数えてみたら345本であったとのこと。もちろん、個体の大きさによっても違うのだろうが、だいたい350本前後というところらしい。
「千」は「多い」の昔から知られた誇張表現、針千本の場合もそれだった。
ハリセンボンの生態で興味深いのは、産卵行動。
これも、大自然のたくまざる妙、といっていい。
抱卵したメスは、そのお腹の重さのせいか張りすぎのせいか、ともあれ自力では泳げないほどになり、岩穴などにひき籠る。
そんなメスに、オスどもが言い寄り集って誘い出し。
目的はいうまでもない自身の子孫をのこさんがためだが……
ライバルこぞって替わる替わるメスのお腹を下から口で突つきながら、自然、上へ上へと押し上げていく格好になる。
まるで「おみこしワッショイ」というわけだ。
魚の産卵行動で、オスがメスの腹を口で突ついてうながす例はほかにも多々あるが、それはほとんどがメスを獲得したオス一匹の行動であり、ためにオスは他のライバルを寄せつけない前哨戦を闘ってきている。
ところがハリセンボンの場合には、ライバルたちがたがいに競うようにして最後までチャンスを窺う。
動きがスロ-なゆえのなりたち…ともいえそうで。
やがて時がきてメスが産卵すれば、オスたちはすかさず吾が精液をかけて受精させようと競うわけだが、ハリセンボンの場合にはそれも、少なくとも数匹が同時に群がって精液を振りかけるから、たくさん産まれる卵のなかにはAくんの仔になるのもあれば、BくんやCくん、Dくんの仔だってあるかも知れないのだった。
しごくヘイワである。
しかも、この産卵・受精システム、じつに合理的でもある、という。
なぜなら、海の底の方で産まれた卵は行き場が限られてしまうのにくらべ、おみこしワッショイで海面ちかくまで運ばれて産まれるハリセンボンの卵は、潮の流れにのって広く拡散される。
いうまでもなく「トゲトゲボール」のハリセンボンだって、いつも棘を突き立てて生きているわけじゃない。
似た仲間のフグにしても、危険を察知したときに威嚇・警告として、はじめて膨れる(が、フグの棘はオマケみたいなもの)。
ちなみに、いま似た仲間といったけれども、フグ科とハリセンボン科は、近いけれどもまったくの同類ではない、証拠にハリセンボンには毒がない、英名でも”魚のヤマアラシ”と個性を尊重されている。
では、ハリセンボンがトゲトゲボールになるのは、いつか。
それがじつは、まったく際どいギリギリになって、というから驚く。
ウツボとかハタとかの天敵に喰いつかれたり、吞まれかけた瞬間に全身の剛直針(かなり鋭く硬い)を突き立てみごとなトゲトゲボール(イガグリにも例えられるが語感ではこっちの方がピッタリ)に変身、天敵はやむなく餌を吐き出すことになる、という。
その突き立てスピード、なんと4.5秒とか。みごとな一芸、といっていい。
芸といえば、お笑いの「はりせんぼん」、命名の由来は「ハリセンボンは顔はかわいいけど、怒るとこわい」とか。コレ、あるいはトゲトゲボールのことをいったものかも知れない。
ただし、ハリセンボンにも弱みがあって、それはとうぜんながらヒレには棘がないこと。
なかでも再弱点が、ピョンととびだした尾鰭。ここはまったくの無防備のため、ダイバーたちはよく、尾を喰われたハリセンボンに出逢うのだそうな。
泳ぎが達者ではない愛嬌者には、さらなる悲劇もある。
暖流にのって北上しすぎる結果、水温が低下すると生きのこることができず、温帯の海岸に大量に漂着死することがあるのだ。
これを「死滅回遊」と呼ぶわけだが、学術用語というのも、ときに、じつに酷薄なものだと思う。