-No.0827-
★2015年12月27日(日曜日)
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★ オリンピック東京まで → 1671日
◆高齢者には「誤嚥」がいちばんコワいかも…
ぼく、ムセる人なんです。
喉の、気管とか食道とかが、ほかの人より太めなのではないか。
飲むお酢はもとより、トコロテンなんかちょこっと啜っただけでも、烈しくムセて咳きこんでしまう。
60をすぎて禁煙したけれど、それまでがヘビー・スモーカーだったから、喉から肺にかけてはかなり汚れ草臥れているでしょうね。
喘息を発症してはいなけれども、漢方の咳止め(兼痰きり)薬を処方してもらって飲んでます。
つい先ごろ義兄を亡くしましたが、死因は誤嚥性肺炎。
病状が一気に悪化するのを看とって、(オレもこれでもってかれるのかも知れない)と思いました。
狭窄性狭心症のほうにばかり気をとられていましたが…。
食べたり飲んだりしたものが、誤って肺に入ってしまうほうが、ボクにはコワそう。
いま病院食の世界では、誤嚥防止の調理法「嚥下食」が、高齢者むけにめざましく進歩しているんですってね。
「ゼラチンを用いたゼリー食とか、ペースト食、ミキサー食」なんて聞かされると、いま現在は正直(そんなもん食いたかねぇ)心境ですが。
むかしのマズくて味気ない病院食とは、別物といっていいほどなのをぼく自身も経験していますから、案外オイシくてクセになっちゃったりして。
(ヤダねぇ、そんな自分の姿なんぞ、見たかぁねぇや)
◆幼児には「誤飲」のキケンがいっぱい
夕食のテーブルで、晩酌の酒を嗜みながら、テレビのニュース画面を眺めていた。
酒は、白瀧酒造の純米酒「魚沼」。ラベルに「飲み口さらり」と謳ってあるとおり、疲れた喉を潤してくれる、いい酒。
それにしても、この蔵は「水のように、さらり」が大好き。
新潟、湯沢の…より、「上善如水」の蔵といったほうがよかろう。
ぼくは、この「上善如水」、発売当初に味わって「ほんとに水だ、酒じゃなかった」覚えがあり。
その後は、お付き合いがなかった。
酒というのはムズカシイ、純米酒「魚沼」はいい。
話が酒に寄り道、ほろ酔ってゴメン。
(酒にも誤飲はあるんダ、けれども…)
この話しはまたのことにして、閑話休題。
画面に、パッケージから薬をとりだす指先の場面、が映し出され。いま…製薬界では。
「子どもが誤って飲まないように、薬を取り出しにくくする工夫」をしているところだ、というのダ。
(薬の話しに、反応しやすくなった自分がイヤらしい…が)
ぼくは、また”行き過ぎ”お節介がはじまったな、と呆れてしまう。
誤飲か。しかし…。
そんなこと(薬を取り出しにくくなんか)したら、こんどは薬を飲まなきゃならない年寄りがコマルでしょうに。
ユニバーサル・デザインもまだまだ中途半端だってときにさ。
こういうのを、本末転倒というのではないか。
そりゃ、子ども(とくに幼な児)は、なんでも口に入れたがる、イのいちばんの体験は喰うこと、そうやってワカロウとするのはトウゼン。
…だけれどアブない、とくにいまの世のなか危険だらけだが、そんなこと子どもにワカラナイ。
すべて経験して知らなければならない、とすれば、みんな育つ途中で死んじまう。
子どもが口にするのは、薬ばかりじゃない、ティッシュとかビニールなんかも喰ったりする、灯油や除光液や漂白剤だって飲む、ボタン電池なんかも呑みこんじまう、土も喰う砂も舐める小石も呑む…。
子どもの手の届くところにアブナッカシイものを置かない、ことは必要条件だろうけれど、十分条件にしようなんてのは至難、誰も生けてられなくなっちまう。
アブナイものに手を出す子どもの映像に、カミさんのキツい声。
「やめなさい、って怒鳴るの」
彼女にはベビー・シッターの経験がある。
「それでもダメなときは、張り倒しなさい、命はバシッと守るものなの」
ときどき彼女には、こういうスキッとした一面があって、たのもしい。
そうなのダ。
”ワカラナイ”のが子ども、子どもなのは年齢だけでもなくて、人間には”ワカラナイとき”もある。
そういうときは、グジャグジャ言わずに(よくいる、なんでもコトをワケて説明し、リクツでわからせようとするオリコウさんな母親が…)、まず「やめなさい」とキツく警告する。それで、やめればヨシ。
さもないときは、バシッと張り倒す。
この子の命を守るのはわたし。
わたしの言うことを、ききなさい。
ぼくの友だちの奥さんで、親子3人でわが家に遊びにきたとき。
はしゃいでブレーキがきかなくなった幼な子に、「やめなさい」とキツいひとこと。
でも、やめられなかった、その子は、次に。
バシッと電光のごとき彼女の平手打ちを喰らって、部屋の隅まですっ飛ばされた。
「わかったら、あやまりなさい」
「ご・め・ん・な・さ・い」
みごとな母であった。
これしか、ない。
家庭内暴力の次元の話しでは、ない。