どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

#市民デモのありかたがサマ変わりしてきた/    全共闘世代にとってはうれしい”進化”の兆しダ

-No.0661-
★2015年07月14日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1587日
    (高倉健没から →  246日
★オリンピック東京まで → 1837日




◆「SEALDs」の呼びかけに共感

 「人の痛みに無自覚な、思考停止の人間にはなりたくない」
 おしゃれな女子大生が声をあげると、デモに参加した仲間たちから呼応のコールが盛り上がる。
 レゲエ調とでもいいますか、スピード感あふれる呼びかけのテンポもいい、のです。

 これは、大学生らのグループ「SEALDs」の抗議集会。フルネームは「自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ」といいます。
 「#本当に止める」の合言葉が、ネット世代に共感の波紋をよびおこしました。

 こうした動きは、昨年の春ころから、ぼちぼち、ありました。
 それが、安保関連法案の衆議院採決が迫るなか、いよいよ多彩に、参加者の幅も広げてきているのです。

 国会前をはじめ、各地に広がる安保法制反対・原発再稼働阻止・反戦平和などのデモ、抗議行動が、サマ変わりしてきたのは、たしかです。
 はっきりえば、すごくバラエティーにとんできた。
 沖縄の”翁長知事とオール沖縄の民意”の動きとも、響きよく呼応します。

 60年安保、70年安保の頃の学生運動全共闘デモのうねりのなかにあったボクには、感慨ふかいものがあります。
 あの頃から、ボクら一部ノンポリのあいだには、運動やデモのあり方に、一種の違和感がありました。
 なんせ”デモ隊”(軍隊の”隊”と同じ)ですからね、一も二もなく”対決・決戦ムード”でしたからね、最初から”流血覚悟”の悲壮感ただよわせてましたからね。

 デモは、もっともっと進化しなければいけない、でなけりゃ民衆の共感はえられない…と。
 (独り立ち前の)学生だけの、自己満足であってはならない…と。
 ぼくは、デモ隊のなかにあって考えていました。
 機動隊員の同世代にも共感されるものがなければダメだ…と 。

 あの頃、「我々はぁ…断固粉砕しぃ…勝ち取るぞぅ」の雄叫びは、ややもすると独りよがりに浮き上がり、周囲の理解ある人たちや、一般市民にも恐怖感さえあたえてしまったことで、みずから孤立感を深める結果になったからです。
 だから、ぼくは、集会で声をあげるときにも、けっしてアジ演説調にはしなかった。それをわかってくれた知友はいましたが、少数でした。

 当時あった、そんなデモに対する厭悪感情を、スッと遠ざけてみせただけでも、最近のデモはようやく、コナレたものになってきました。
 いいね、いい感じですね。
 このまま成長していってほしいですね。

 いっぽう…。
 こんなふうに、”永田町ムラ”をとりまくムードは日に日に変わっているのに、そんなことにはトンと気づきもしない、冷房会議室のなかの不感症候群から脱けだせないセンセイたちは、いったい、どんな邯鄲の夢を見ているのでしょうか…(気がかりなことデス)。