-No.0536-
★2015年03月11日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 1462日
(高倉健没から → 121日
★オリンピック東京まで → 1962日
《11.3.11》から、きょうで4年。
時のうつろい早く、(花粉症発症のせいか)目にするもの、みな潤みがちだけれど…。
テレビには朝から、現地のいまを伝える画像が映りつづける、このときとばかりに…。
それはそれでイイんだけども…な。
◆加賀谷雅道『放射線像』(皓星社刊)
(フェイスブック・ページ=https://www.facebook.com/pages/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E5%83%8F%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95/420998404694216?fref=ts)
放射線を撮る、放射能を可視化する。
若きカメラマンと知りあったのは、昨年(2014)春のことだった。
現実を見つめるカメラ、見すえるカメラマンはたくさんあったが、〈見えない現実を見えるように〉したのが、彼だった。
ぼくが10回目の被災地東北巡礼から帰ったばかりのところに、出逢いが待っていた。
彼の「放射線像」写真展がきっかけで、5月にはもう、サンプリングに同行させてもらっていた。
(-NO.0220-2014年4月29日記事「放射線像」に脈うつものhttp://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815722721814、および-NO.0296-2014年7月14日~-NO.0299-2014年7月17日記事、サンプリング同行記①~④)
そのときの成果も、こんどの本に載っている。
ふしぎなカメラワークというのか、放射線像の撮影に彼のカメラは役にたたない。オートラジオグラフィー呼ばれる特殊な手法でしか、放射線をとらえられない。医療用のX線フィルムに放射能は沁みてはじめて像をむすぶ。
(それで本は、オートラジオグラフィーの専門家、森敏東京大学名誉教授との共著になっている)
だから、放射線像カメラマンの役どころはサンプリング、あるいはスタイリスト、コーディネーターといったところだ。
1泊2日のサンプリング行は、浪江町と飯舘村の境あたりの山野で、ガイガーカウンターの音が高く低く鳴りつづけるなか、半日もすると軽い頭痛にみまわれたのは気のせいかどうか…。
さまざまな生物の命のうえに、また人々の暮らしをとりまく環境の隅々にまで、撒き散らされ沁みて蓄積された放射性物質は、”循環”に沿ったかたちの黒い点描によって隠れた相貌を現わす。
それは、むしばむ禍々しさとして、ときにはまた、妖しさを秘めた美しさに変化〔へんげ〕して、実相を伝える。
手にして、置きたい。
書棚にしまうのではなしに、いつでも開ける身近な座右に。
*写真=右は、サンプリング中の著者(浅生撮影2014年5月)*