どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

神田錦町…「日本野球発祥の地」記念碑など/   かくも長き無沙汰に、思いいたる散歩

-No.0444-
★2014年12月09日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1370日
    (高倉健没から →   29日)
★オリンピック東京まで → 2054日






◆いまも再開発がすすむ〈将軍の膝もと〉

 きのうもお話したとおり、神田神保町の界隈は、かつてボクの“土俵”であった。
 神田明神の氏子町内であり、「将軍さまのお膝もと」意識を、なにかの折りに垣間見る土地柄。

 その後、このあたりも広範囲に再開発の波をかぶって、見なれない風景に変貌しつつあるわけだが。
 久しぶりに街を歩いたら、またひとつ新たな発見があった。

 神保町の交差点からお堀端に向かって歩くと、学士会館がある。
 そこは、ぼくら夫婦が結婚の折り、披露のパーティーを開かせてもらった想い出の場所。
 だから、近くに行けば暇をみつけて、ぶらぶら歩きしていたつもりだったのだ、けれど…。

 こんど寄ったら、敷地の一隅になにやらニョッキリ、記念物ができているではないか。
 そのニョッキリというのが、野球のボールを握った右腕投手の手であった。
 「日本野球発祥の地」記念碑。

 日本に初めて野球を伝えたホーレス・ウィルソン氏が、アメリカの野球殿堂入りしたのを記念して建立されたもの、という。
 新旧とりまぜた記念碑だらけ…といってもいいほどの都心の、皇居周辺に、また新しい碑がひとつ加わっていたことになる。

 …といっても、碑ができたのは平成15年のことというから、10年以上も前ダ。
 (そんなにご無沙汰、だったかなぁ)
 ぼくにはそれが、迂闊にすごした長い不在の歳月を、夢見の走馬灯に脅しつけられたかのような驚きであった。
 正直、くらっと眩暈がするほどだった…。

 一帯の再開発は、いまもあちこちに、天空高くクレーンの腕を突き上げていた。

 皇居前の錦町河岸にでると、「鹿屋アスリート食堂」という名の小さな角店があった。
 鹿屋〔かのや〕の名を知っている人は、おそらくまだ、鹿児島県人か体育会系の少数にかぎられるのではないか。

 鹿屋体育大学(国立である)がかかわる産学協調、すっかり都心の風物に定着した“皇居ランナー”たちのためのサポート施設は、この春にオープンしたばかり。
 皇居周辺には、銭湯なども含めて、この趣の店がふえつつあるのだった。

 食堂の上には、会員制メンズ・レディース別の「ランキューブ」と呼ばれる、ロッカー更衣室&シャワーのサポートフロアがあり、5回屋上は会員専用のラウンジになっている。ランニングのあとの軽パティーにどうぞ…というわけだ。
 「10over9」

 「どうぞお気軽に」
 愛想よく勧められた、かつての長距離走派、いま箱根駅伝ファンのボクは、しかし遠い郊外からここまで、月一どころか年一通いも難しそうであった…。




*写真=上段の3枚は、学士会館前の「日本野球発祥の地」碑*
*写真=下段、(左)は再開発が進む神田錦町界隈、(右)は“皇居ランナー”ためのアスリート・サポート施設「10over9」*