どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

そこには〈上質〉な時がながれるように想えた/  鳩時計ギャラリー喫茶「シュバルツバルト 神保町」

-No.0443-
★2014年12月08日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 1369日
    (高倉健没から →   28日)
★オリンピック東京まで → 2055日

*きょうは「開戦記念日」。1941(昭和16)年12月8日、日本軍がハワイ真珠湾を奇襲攻撃して太平洋戦争が始まった。ボクが生まれる4年前だった。来年は〈戦後70年〉、ボクも70。もはや忘れ去られた戦争の記憶…と思しき排他・好戦ムードがきな臭い。ところで、アメリカでも「リメンバー・パールハーバー」はすでに忘れ去られているのだろうか…*









◆鳩時計が「カッコ~」と鳴く閑けさ

 靖国通りと千代田通りが交差する駿河台下、神田神保町1丁目の一郭に「ちょっとイイ」感じの喫茶店を見つけた。
 お客さんが10人も座れば満員の、小さな店の壁いっぱいに、「ポッポ~ポッポ~」の鳩時計がいっぱい。

 一心に読書にふける婦人あり、コーヒーカップ片手に思索のひとときをたのしむ青年あり。
 音楽はない、いらない。
 昼どきの、ゆったりと上質な時が流れる。
 「ポッポ~」と短く鳴く声がする。

 思わず(どの鳩が鳴いたのか)探す目になったが、わからない。
 すべての鳩時計が、いっせいに時を告げるわけでもなかった。
 どうやら時計の針は、適当にずらしてあるらしい。

 時計がいっぱいなのに、そこに時はない。
 文字盤や針は、さりげなく、鳩時計は時を忘れさせるための装飾。
 ほかの客は、だれも鳩時計の告げる時を気にするふうもなく。
 読書の夫人は、自身の腕時計をちらとたしかめて、席を立った。

 カフェバー&鳩時計ギャラリー「シュバルツバルト 神保町」。
 いうまでもなく、時計会社の商品展示を兼ねた休息タイム提供空間。
 古書店街として知られつづけた神田神保町という、クラシカルな街にギャラリー・カフェを開いたオーナーの趣向やよし。

 この街には、すっかりファスト・フード化してしまったティータイム、〈上質〉な憩いのひとときを客とともに守ろうとする、喫茶店の老舗がいまも多い。

 神田神保町、そこはかつて長らくボクの“土俵”であった。
 この街に事務所を開く動機づけのひとつに、じつはそれ(ティータイムのすごし方)があった。

 「シュバルツバルト」の壁に並ぶ鳩時計の、価格の表示をあらためて見ると、思ったより高価ではなかったことにも、ぼくはおどろく。
 ボクの少年時代、鳩時計があるお家は上流階級。お医者とか資産家の持ちものであった。
 家が大きいこと、空間にゆとりがなければならなかった。

 それから半世紀以上の時を経て、世情のさまざまな変化が、ぼくに、鳩時計を身近なものにした。
 両親に連れられて来ていた男の子が、目を輝かせて「時のない時」のなかにいた。
 両親に、(鳩時計をわが家に)という想いがあるのかどうか。
 
 モノのない時代に育ったぼくには、時代は変わってもモノがあふれて空間貧乏のいまが、嘆かわしい。
 「片づいて暮らす」ことを心がけてきたボクは、空間貧乏ではない自信があったのだ、が…。

 よくよく考えてみると、まだ、鳩時計にふさわしい壁までは確保できていないことに気がついた。

 鳩時計がまた鳴いた…その声は、「ポッポ~」ではなくて、じつは「カッコ~」なのだった。
 時を告げに扉から顔をのぞかせる鳥の姿も鳩とはかぎらない。
 つまり、「鳩時計」というのはいま、このような仕掛けで時を現実から遊離させ、〈上質〉な時の流れに変えて見せるモノの、一般名詞なのだった。

 それにくわえて、昔は下がった鎖でゼンマイを巻いていた仕掛けが、いまはただの松ぼっくり状装飾付き鎖になっていた。

 クオーツまではいいだろう…けれど、デジタルになったらもう、鳩時計の立場はない。
 「ただいま時刻」を告げるだけの時計に、鳩時計の〈上質〉な時の流れは、ない。