どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

岩手山と小岩井農場…“みちのく”の浅い春/    遠く、被災地の名峰、早池峰山も望めた

-No.0434-
★2014年11月29日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1360日
    (高倉健没から →   19日)
★オリンピック東京まで → 2064日






◆2013年春の巡礼、4月23日

 東北沿岸を北上して北海道に渡り、帰路は下北半島経由、核燃料再処理施設のある六ヶ所村を見て、最後の寄り道。

 八戸道から東北道
 滝沢ICを下りて山道に入ると、雪の岩手山に出迎えられた。車窓に山容の変化を追いながら、容子のよさそうなところをカメラにおさめる。
 路肩に車を停めて外に出ると、すでに4月中旬をすぎているのにブルッとふるえるほどの寒気だった。
 午後の陽が翳って、こんもりと仄暗い森が岩手山神社であった。

 宿は休暇村「岩手網張温泉」、そこは岩手山の南西麓にあたり、すでに山の気がたちこめる斜面はスキー場。
 聞けば、休暇村のなかでも古株になる施設だそうで、ボクが知らずにいたのは、スキーの趣味がないからだった。
 ボクのスキーは、ボーゲンをやっと卒業、パラレルにちょっと足をつっこんだ程度でおわり、その後は雪原を歩くラングラウフスキーに鞍替えした。

 明日は、東北道をひた走って帰京。
 春の巡礼、泊まり仕舞の宿では、さすがに疲れが出ていた。
 やや青みがかった白濁の、網張の湯に首まで浸かるとトロッと眠気がさしてきた。

 翌朝、ロビーに下りて行くと大きく開けたガラス窓の向こうに、遥かに霞んで雪を被った山が、呼んででもいるように親しげに見えた。
 早池峰山であった。

 岩手山が2000メートルちょっと、早池峰山は2000メートルに達しない。
 同じ岩手県内といっても、東の端と西の端。
 それでも、間にこれといった山の連なりがないからだろう。
 ここに寄ったのは、まるで、早池峰山に別れの挨拶をするためみたいだった。

 小岩井農場に寄り、ここの緑野からも岩手山を仰いで、帰途についた。
 小岩井農場については、いまさら説明するまでもあるまい。ここの乳製品はいまや全国区の有名ブランドである。

*写真、(上)は休暇村網張温泉から遠く望めた早池峰山、(下左)小岩井農場からの岩手山、(下右)は麓の道から間近に仰ぐ岩手山