-No.0430-
★2014年11月25日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1356日
(高倉健没から → 15日)
★オリンピック東京まで → 2068日
◆「富士山はどこかな?」
オリエンテーションに集まった子たちが、いっせいに窓際に駆け寄る。
「あれ…」
誰かが頓狂な声をあげる。
(そこにあるはずの富士がない…)
ボクらインストラクターは、黙ってニヤニヤ笑っている。
一人の子が、ヒョイとしゃがみながら、身体を思いっきり傾けて見上げる。
「あったぁ~」
「でっけぇ~」
皆がそれにならって、口々に叫ぶ。
朝霧高原の山小屋からは、近すぎて富士山がふつうに見えなかった。
あれからずいぶん時を経ているのに、この場面はいつも記憶に鮮明である。
その富士の裾野へ、久方ぶりに訪れた。
中央自動車道の河口湖インターから、西回りに山麓をめぐる。
富士山の冠雪はまだ少なくて、縁どり程度にすぎなかった。
紅葉の盛りはすぎて、狭間のオフ・シーズンというところだろうか。
それにしても、意外なほどに静かな山麓。
世界遺産に登録されて(どんなハシャイだことになっているのか…)、いくぶんの気がかりもあったのだけれど、とんでもない。
賑わいには偏りがあるものと見え、国道139号沿いは店じまいした建物ばかりが目について、寂しいかぎり。
河口湖は敬遠したからワカラナイが、西湖・精進湖・本栖湖みんな“おやすみ”風情であった。
朝霧高原もその延長にあったが、静けさも絵にして魅せてしまう“不二のお山”はさすが真打。
ススキの原をさりげなくまとって、キマるポーズにカメラの方がアングルをもとめて動く。
「なんでさぁ…山って独りでイイんだろ」
ある子がポツリと言ったのを想いだす。
引っ込み思案だったその子は、(グループ・リーダーに指名されたことが好結果につながり)1週間の山麓キャンプから帰るころには、すっかり逞しくなっていたっけ…。
田貫湖へ。
ここは冬の“耐寒キャンプ”のフィールドだった。
いまは「休暇村富士」ができ、「ふれあい自然塾」の活動拠点にもなっている。
自然塾は、ぼくらが草創期に力をあわせた「ホールアース自然学校」http://wens.gr.jp/の運営で、本校はいまも芝川の少し下流に健在だった。
ここからの富士も、林間から見上げる高さにある。
*写真=上段、(上)は朝霧高原ススキの原から眺める富士山、(下)は田貫湖からの富士*
*写真=下段、(左)は猪ノ頭で電柱工事のクレーンと作業員の向うに聳える富士、(右)は芝川町柚野の「ホールアース自然学校」から眺める富士*