どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

富士山は子どもたちを無言で育むフィールド/そこに独り気高くありつづける…いまも

-No.0430-
★2014年11月25日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 1356日
    (高倉健没から →   15日)
★オリンピック東京まで → 2068日






◆「富士山はどこかな?」

 オリエンテーションに集まった子たちが、いっせいに窓際に駆け寄る。
「あれ…」
 誰かが頓狂な声をあげる。
 (そこにあるはずの富士がない…)
 ボクらインストラクターは、黙ってニヤニヤ笑っている。

 一人の子が、ヒョイとしゃがみながら、身体を思いっきり傾けて見上げる。
「あったぁ~」
「でっけぇ~」
 皆がそれにならって、口々に叫ぶ。
 朝霧高原の山小屋からは、近すぎて富士山がふつうに見えなかった。

 あれからずいぶん時を経ているのに、この場面はいつも記憶に鮮明である。
 
 その富士の裾野へ、久方ぶりに訪れた。
 中央自動車道河口湖インターから、西回りに山麓をめぐる。
 富士山の冠雪はまだ少なくて、縁どり程度にすぎなかった。
 紅葉の盛りはすぎて、狭間のオフ・シーズンというところだろうか。

 それにしても、意外なほどに静かな山麓。
 世界遺産に登録されて(どんなハシャイだことになっているのか…)、いくぶんの気がかりもあったのだけれど、とんでもない。
 賑わいには偏りがあるものと見え、国道139号沿いは店じまいした建物ばかりが目について、寂しいかぎり。
 河口湖は敬遠したからワカラナイが、西湖・精進湖本栖湖みんな“おやすみ”風情であった。

 朝霧高原もその延長にあったが、静けさも絵にして魅せてしまう“不二のお山”はさすが真打。
 ススキの原をさりげなくまとって、キマるポーズにカメラの方がアングルをもとめて動く。
 「なんでさぁ…山って独りでイイんだろ」
 ある子がポツリと言ったのを想いだす。
 引っ込み思案だったその子は、(グループ・リーダーに指名されたことが好結果につながり)1週間の山麓キャンプから帰るころには、すっかり逞しくなっていたっけ…。

 田貫湖へ。
 ここは冬の“耐寒キャンプ”のフィールドだった。
 いまは「休暇村富士」ができ、「ふれあい自然塾」の活動拠点にもなっている。
 自然塾は、ぼくらが草創期に力をあわせた「ホールアース自然学校」http://wens.gr.jp/の運営で、本校はいまも芝川の少し下流に健在だった。
 ここからの富士も、林間から見上げる高さにある。
 



*写真=上段、(上)は朝霧高原ススキの原から眺める富士山、(下)は田貫湖からの富士*
*写真=下段、(左)は猪ノ頭で電柱工事のクレーンと作業員の向うに聳える富士、(右)は芝川町柚野の「ホールアース自然学校」から眺める富士*