-No.0399-
★2014年10月25日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 1325日
★オリンピック東京まで → 2099日
◆フカヒレの姿煮ド~ンと、どでかい丼
復興は〈ゼロからの再出発〉、〈反省も含む〉んじゃなかったのかナ。
生き方からなにから、これまでどおりでイイのかどうか。
国も、地方も、住民たちも、こぞって考えなおそう、絶好のチャンスだったはずなのにネ。
山田町(岩手県)の「かき小屋」で、いちはやく「かき食べ放題」を“復活”させたと聞いたとき、ボクは「さもしい」サービス精神だと、敢えて苦言を述べた。
それが「うれしい復興」だと勘違いするようなら客なら、おなじく「さもしい」精神だ。
「食べ放題」とか「激安」とか、人のもっともヨワイところをクスグルやり口が、資源の無駄づかいや、節度のない放漫生活を助長してきた。
ゆるんだ心もち、たるんだ気もちから、危機意識は薄れていくばかりだ。
そんな“復旧”は、けっして“復興”に寄与しない。
震災・津波被害からの“めでたい復活”というのであれば、たいせつな「牡蠣ひとつ」をお礼に味わっていただこう、というのがあたりまえの生産者だし、その「牡蠣ひとつ」に祝儀をはずむのが、客としての支援というものでもあるだろう。
気仙沼寿司組合(宮城県)の「気仙沼ふかひれ丼」も、安物ではないというだけで、根っこは同じ。
震災前の2010年に登場したメニューだという。
写真を見ると、なるほど、でか丼。
手のひら大もあるフカヒレを、和風の出汁で姿煮したものが丸ごとのって供される。
とうぜん、味わいもよい品ではあろう、けれども。
(ぼくには、こういうコケオドシなものをよろこぶ趣味はない)
《3.11》があって中断していたメニューを約3年ぶりに“復活”、それも「津波の犠牲になった仲間たちのため」と、わざわざ引き合いにされては二の句が継げない。
商売っ気…だけ。
おりしも、いま海では、かつて『ジョーズ』騒ぎで一世を風靡した恐怖のヒーロー、サメ一族に絶滅の危惧が差し迫っているという。
アンモニア臭のある身肉は敬遠されて棄てられ、フカヒレだけを切り獲るための激減とは、惨いことだ。
四季うつりかわる自然を愛で、情趣をおもんじる日本人が、いざ食い気にはしれば凄まじい、というのでは、どこかの国とおんなじじゃないか…。