どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 「来てくれました」逢ってきました −福島の美術館で若冲に−



◆2013年08月06日(火曜日)

 ふと思いついて寄り道というのはよくあっても、被災地巡礼の途中で美術鑑賞など思いも及ばない。8回目になる《3.11》行脚で初めてのことだった。
 その気に誘われたのは、若冲の絵が見られるからだったし、「若冲作品が被災地の人たち子どもたちの心の励ましになっている」といわれてピンとくるものがあったからだ。
 
 江戸絵画の収集で知られるプライス・コレクション。
 そのジョー・プライスさん夫妻が被災地東北の人たちのために「私たちにできることをした」という展覧会が、この3月から仙台・盛岡・福島を巡っていたのだけれども。ぼくは仙台・盛岡でのことは(沿岸部に気をとられていて)迂闊にも知らずに、福島に来てはじめて知ったのが夏だった。
 福島県立美術館なら沿岸被災地へのアプローチの途中、東北自動車道・福島飯坂インターからも近い。ときには、ちょっと目的地から距離をおいてみるのもよかろう。しかし、待ってくれているのが若冲でなかったら、やっぱりその気にはならなかったろうと思う。

◆『若冲が来てくれました』というのが美術展のタイトル

 近ごろこの手の“呼びかけ調”が流行りのようだが、これほどピタッと言い得て妙だった例をぼくは知らない。
 サブタイトルが「江戸絵画の美と生命」、だからプライスコレクション100点といっても伊藤若冲だけではなく、曽我蕭白あり長沢芦雪あり酒井抱一ありなのだが、すまないがほかはいいので、なにしろ(若冲に浸りきりたい)ぼくだった。

 若冲を最初に高価な画集で観たときのぼくには、その佳さがよくわからず、(鋭い)印象の絵師の名のみが記憶にのこった。人混みに気の散るのがいやで美術展が好きになれなかったぼくが、(ナニひとつかふたつイイものが見られればそれでいいのダ)と気がついてからオモシロくなり、それから間もなく若冲の真物と出逢えたのも運がよかった。
 とりわけ若冲の鶏がいい、なかでも宮内庁所蔵の『動植物綵絵』30幅におよぶ大作のうち『群鶏図』がきわめつけである。猛禽もいい。
 絵を見ていると、鶏や鷲の動きのリズムを凝っと追っている若冲の顔貌が透けてくるようで、一瞬のちに動きが凍ってやけつく…感じに描線と化しているのがわかる。若冲はトリの怖さに、ほとんど渇仰するほどに魅入られている。
 若冲の画像を見るとほんとにそんな顔つきをしており、しかもそのどこかには、不意にあふれだすほどの稚気がみなぎってもいる、気がする。
 色づかいも華美にはしらず綺麗で、観る者をわくわくさせる力がある。

若冲はきっと精確高速シャッターをもった凝視の人

 鶏なら傍にしゃがんで見飽きることがなかったろうし、猛禽なら鷹匠に頼みこんであれこれ注文をつけ煩がられたに違いない。「ニワトリの親子」−親鶏と雛図−や「アジサイの花と二羽のニワトリ」−紫陽花双鶏図−、「波打つ岩のワシ」−鷲図−がそうだ。
 若冲はまた、象や虎などは見ることがなかったかと思う。絵師だから深く興味を魅かれ、想像力のかぎりを尽くして形象を追い求めるが、しかし吾が眼で切り撮った確かさはないからやむをえない、絵筆をもって描くときには持ち前の技法たっぷりにニンマリ遊んでしまっているようだ。「足をなめるトラ」−虎図−にも、「ツルさまざま」−鶴図屏風−にしても、(してやったり)みずから可笑しさこらえられずにいるようだ。
 その集大成みたいな六曲一双の大作には「花も木も動物もみんな生きている」−鳥獣花木図屏風−というふうに、子ども向け作品名がくふうされている。高校生以下は無料という気くばりもいい。

 プライスコレクションの『若冲が来てくれました』展は、そういう展覧会。寄って観てよかった。

 ただ心のこりだったのは、子どもたちの食い入るように見つめる瞳にはウィークデーのせいか出逢えなかったこと。それと、ここ福島市の会場でさえ、やっぱり遠い沿岸被災地との距離だった。
 
 *写真は、伊藤若冲『紫陽花双鶏図』(絵葉書)の部分。なお、この<東日本大震災復興支援 特別展>は8月23日に終えている*