どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 電気屋が…電源なくして…ドウスルのだ  −東電には“国民侮辱罪”が相当と認める−

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◆なんのこっちゃ…やい、ナメたらいかんぜョ


 まずは、俗曲をひと節……


   東電が 電源なくして (どないしよ…)
   街の呑み屋へ 裏からこっそり
   メチルを少ぉし わけておくれな
   電気借りとは 情けなくって (しょんがいな)


 《3.11》の直後にも、言っておいた。
 なによりも「電気屋が、電源なくすとは、なにごとか。仕事人として恥ずべし、即…死に値する」と。


 ……まだまだ(なんでもありそうだ)と思っていたら、ヤッパリ。
 “仮設”の電源トラベルで原発核燃料の冷却不能ときたもんだ。


 ふつうなら国が、「不届き至極きつく叱りおく」処断あるべきところだが…。 
 原発存続が国の意向、国策だからマズい、そうもいかない、らしい。
 むかし皇室に対する「不敬罪」「大逆罪」というのがあった。
 いま〈血涙しぼって〉口惜しくてならないのが「国民侮辱罪」の無いことである。
 このたび東電の一連の所業こそ、正にこれに値する。


 国民をナメきっている…としか思えない彼らの、ゆるみきった所業の集約が“仮設”頼みの“その場しのぎ”にモロに現れている。
 電源(配電盤)だけではないのだ、高放射線の汚染処理水タンクもボルト熔接なしの“仮設”、さらには注水や汚染水処理の配管もビニールホースの代用“仮設”であった。
 まさか自社利益最優先の巨大企業が、避難被災者の“仮設住宅”に倣ったわけでもあるまい。
 そういえば、あの《3.11》の爆発事故、処理現場の映像を見ていた配管の職人がボソリと呟いていたっけ。
 「原発っていうから、すっごい最新設備なのかと思ったら、配管なんかオレたち一般用のとたいして違わんナ、さっきチラッと見えたとこなんか、へへ…いい加減なもんだったなぁ」


 配電、配水、配管…配送、配達、配信…
 配給、配当、配分、配布(付)…配列、配属、配置…
 配偶、配色、配剤…配流、配所、配役、配慮…

 「配○」熟語のあれこれ、思いだしてみれば、ずいぶんある。
 「配する」というのは、「手くばりする」「とりしまる」「めあわす」こと…と意味、あじわい、ともに深いのであった。


【後日談】
 追っかけ3月24日の東京新聞に「福島第一湾内、汚染水流出継続か」の記事。
 これは東京海洋大の神田教授の試算で、それによれば汚染水の海への流出が止まったとされる(東電主張の)2011年6月からの約1年4カ月間に、計約17兆ベクレルの放射性セシウムを含む汚染水が海へ流出した怖れがあり、すぐに調査すべきだという。この数値は、東電が11年4月の1週間に海へ放出と推計した、汚染水に含まれる放射性物質の総量約1500億ベクレルの100倍以上に当たる。
 福島第一原発の港湾内、海水の放射性セシウム濃度の、下がりにくい状態がつづいているのはそのためと神田教授は指摘。試算によれば1日当たり81億〜932億ベクレルに達する。
 これに対して東電は、いつもどおり「大規模な汚染水の流出は11年6月以降ない」と突っぱねて、シラをきる。
 言い逃れられるかぎりは言い逃れ、責任はきわめて最少にしか認めようとしないのは、あくどい奴らの常套手段には違いないのだけれども…。