どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

(イザどうする…)気にかけるきっかけ“命山”

★2013年11月01日(金曜日)
★《3.11》フクシマから →  966日
★オリンピック東京まで → 2457日

*ボク、雪好きの寒がり。いよいよタイツ(股引…ですね)が脚離せないシーズンになりました*







◆小ぶりながらも“命の山”には曼殊沙華

 11月になった。
 残暑から秋をとばして一気に初冬へ、踏み外しでもしたようにガクンと大きな落差を感じる。

 10月30日、気もちよく晴れた朝、東名高速を走っていたらパキ~ンと綿帽子の富士に出迎えられ、あまりの目覚ましい美しさに見惚れたくて、富士川サービスエリアに車を寄せた。
 三分の一くらいまでの雪化粧のぐあいが絶妙だった。

 掛川インターで一般道に下りると、茶畑のあいだから遠州灘の光る海が望める。
 手前におおきな田園の、ゆたかに見える広がりがあって、「とうもんの里」と呼ばれている。
 「とうもん」は「稲面」。ことしの仕事をおえた田んぼが、どこまでも平たい。

 海沿いの国道135号に出て、目標を探したがソレらしいものが見あたらない。
 ぼくは無意識のうちに丘のような“高み”をもとめていたのだが、そんなものはなく、ただ平たい。土地人に尋ねて(ははぁ…これね)ようやく出逢えた。

 中新田の「命山」は、下面で27メートル×30メートルほどの長方形と資料にはあるが、見た目には丸っこい“鎮守の杜”か“塚”みたいな成り立ち。高さは5メートル。およそ68平方メートルの広さがあるという上の平場から、斜面全体にまばらに樹木が茂っている。
 いまは人家の建ち並ぶ中にとり残された印象の築山からは、海は望めない。そちらの方角が開けたとしても防風林の堤に遮られてしまうだろう。けれども、しばらく目を閉じて昔の田園に想いを馳せると、意外に心づよい拠りどころに感じられてきた。

 1.5キロばかり先、隣り集落の大野にも「命山」がのこっている。
 こちらは、中新田よりもひとまわり大きめの小判型。高さは3.7メートルということだったが、上の平場に小さな祠を祀り、木々の按配も保存状態もいいので一層の安心感あった。

◆からだを結わえつける木を植え、小舟の備えもあった

 「命山」の由来。
 1680年、江戸時代最大級といわれる台風に襲われたとき、当時は深い入江を抱えていたこの辺りは高潮にすっかり浚われ、家々(6000戸)田畑はもちろん300人からの人命をも奪い去られたという。
 (高潮は主に台風に起因するもので、地震に起因する“津波”に対して“暴風津波”とも呼ばれる。この地方には江戸時代だけでも3度の大きな高潮被害があったと記録されている。きっと、ほかにも水害は多かったに違いない)
 これに懲りた村人たちは横須賀藩の技術指導のもと、集落の中心に避難所の築山(人工の助け山)を造り、波に洗われても流されないように体を結びつける木を植え、救難と食料運搬用に小舟の備えもした。そうして、ひとつひとつは小規模な命山によって、人々はその後の難をのがれた。
 「命山にはネ、彼岸花がいっぱい植わっててサ、根っこの澱粉を救荒の用にするつもりだったっテ、いう話、えぇそういう昔語りがあったとですヨ」
 (彼岸花の根っこにはたしか毒気があったはずだから、きっと何度も何度も水にさらしてから用いたのだろう)
 遠い目をしたお年寄りの口伝である。

◆「平成の命山」が関心を呼ぶ

 さらに135号を西へ行った市内湊地区に、現代の「命山」が造成中。
 規模は、江戸時代の先輩命山のざっと4~5倍といったところか。
 高さ8メートルの丘上は広さ約800平方メートル、いざという時には800人を収容できるといわれ、テントなどの設備も整えて今年中には完成の予定。ふだんは公園になるそうだ。

 すぐ隣地に住む方に、これで安心ですか、と声をかけたら。
 「まぁね。でもさ、そのとき何処にいるか…だからね、問題は。友だちが言うには、この命山に津波があたれば流れが二手に分かれて、お前ん家もってかれちまうぞってネ。そうかも知れんし、このあいだ上にあがらせてもらったら、家の2階の屋根よりはちょっと低かったし。それよかさ、近ごろは何処にいても、どっちへどう逃げればいいか気にかけるようになったのが、いちばんかもね」
 なるほど、危機意識を持ち続けることがなによりの災害予備策…これが正解だろう。

 遠州灘にでて見ると、延々とうちつづく浜に海風が強かった。
 ここに沖から大波が押し寄せたら、防風林の堤もひとたまりもないに違いない。
 周辺には、鉄骨の緊急避難タワーも見かけられるが、建設にもメンテナンスにも費用が嵩むわりには、収容人員などの面でも「命山」にはかなわないこと瞭然。
 安心感にもかなりの差がありそうだ。

 いま「平成の命山」には、全国の地方自治体から視察・見学が多いそうな。
 「建設残土ただ棄てるなよ塚築け」

*写真、(上)は東名高速・富士川サービスエリアからの冠雪富士、(中左)は袋井市中新田の命山、(中右)は同市大野の命山、(下左)は造成中の「平成の命山」、(下右)は遠州灘の海辺*