どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

土下座の「倍返し」なんてヤダねぇ

★2013年10月15日(火曜日)
★《3.11》フクシマから →  949日

★オリンピック東京まで → 2474日

*「体育の日」が「敬老の日」かと錯覚されるような報道ぶりだった。〈元気な年寄り〉が多くなれば医療や介護の費用が減る、という意図もあったようだけれど、とにかく呆れてしまうほどだった*

*地上波6チャンネル(TBS)。日曜日18:30からの『夢の扉』という番組が、ぼく気に入っている。今回(13日)は「京都町工場の医療革命」というテーマで、フリー外科医の金平永二さんと開発した内視鏡手術機具の話。ボク自身、心臓冠動脈に3本のステント(狭心症治療のための金網状の筒傘)を入れてもらってお世話になっているので、他人ごとではなかった。TBSという局は、もともと「報道の」と冠したほどニュース・ドキュメンタリーに独自色を発揮してきたのであったが、いまやその看板も色褪せた。ようだけれども、土曜日17:30からの『報道特集』とこの『夢の扉』には、なんとか面影の残り香が嗅げそうな気がしている*

 いま「土下座」現象とやらいう世情であるらしい。
 いわれてみればナルホド、ぼくはテレビドラマ方面のことはよくわからないけれど、社会面記事的にもたしかに、下水がマンホールの鉄蓋を跳ね上げて噴き出したように思える。
 まったくのところ、ヤな世の中だじぇ。

 「パフォーマンスでしょ、本心から謝っちゃいない」
 そうだね。
 「イジメじゃないですか、うっぷん晴らしでしょ」
 そうだよな、それもある。
 「滑稽で、安っぽいよ」
 ほんとだぜ、土下座なんかでごまかせるもんじゃないのに。

 いまどきの「闘い方のひとつ」なんだそうである。
「土下座トゥギャザー」なんて、ふざけるどころか大真面目なんだそうな。
 謝る方に土下座はカタチ、不愉快ながら耐えてその場を凌ぐ方便でしかなく。謝られる方にとっても土下座は、なんとはなしに自分の方が悪く居直ったかの気配さえ感じらるようで、つい毒気を抜かれてしまったりもする。
 いずれにしても、とんだ茶番だ。

 あれは、バブルがはじける前だったか。
 「簡単に謝まらないでくださいよ」
 仕事を依頼していた会計士からいわれて、耳を疑ったことがあった。
 会社の上層部には謝らない覚悟が必要だと。
 わかったようで、わからない。
 真意を聞き糺すと「あとで謝るくらいなら黙っていた方がいい」と言いかえたが、ニュアンスは(謝るなよ突っぱねろ)だった。
 彼には日本流を卑下、欧米流に被れた傾向があった。
 結果は、会社が信を失うことになった。
 
 あの頃からギクシャクしはじめ、ひきつりつづけたニッポン人の心を、ぼくは思う。
 じつは、世のなか不安いっぱいなのだが、かといってウマイ解決策も見あたらない、誰にも提示できないから、なかばヤケクソ気分でいまをパックリ丸呑みにして、不快な後味のオクビを必要以上に大袈裟に他人に吐きかけてしまうのだ。

 その、たがいにイヤーな感じの「おさまらなさ」がここにいたって、あるいは「土下座しろ」と居丈高に叫び、あるいは「じゃまぁ土下座でもさせてもらいましょうねぇ」とおちょくり返す。

 やめようよ、ねぇ、いいかげんにさ。
(そう思いませんか)