どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

チャスラフスカ賛江

★2013年10月12日(土曜日)
★《3.11》フクシマから →  946日

★オリンピック東京まで → 2477日


*ぼくの「気分不興」はまだつづいていて、最低線(最下層)は脱したようだけれども、中層の仄暗さのなかをクラゲみたいにゆらゆら漂ってます*

 10月10日は、1964年東京オリンピックの開会式があった日。
 それから20世紀の末1999年までは、記念の「体育の日」でもあった。

 64年大会にまつわるアレコレについては、ときどきに折りをみてお話していくことになると思うが、きょうは…

◆ちょこまか小枝でなく、たわわな果実であった頃の女子体操

 チェコの名花チャスラフスカさんのこと。
 ボクはもちろん、多くの人が彼女の来日を心待ちにしたのは、前年のプレ・オリンピックで魅力の花びらをたっぷり咲かせていってくれたからだった。
 あのころの日本の体操、男子は強かったが、女子は(申し訳ないが)ちょっと見劣りがした。だから余計に、彼女がいちだんと輝いて見えた。
 その姿態は、おおきく、ふくよかに見えた。体操競技だからスピーディーだし、技にはキレがありながら、演技からは〈たわわ〉なふんいきがあふれた。
 「名花」は3つの金メダルで期待に応えてくれた。スケールの大きな跳馬もすごかったけれども、ぼくはやっぱり平均台の艶ややかな演技が好きだった。

 4年後のメキシコ大会でも彼女は、個人総合の連覇を含む4つの金メダル。
 しかし、お国のチェコでは民主化運動の最中、「プラハの春」を支持したチャフラフスカさんは弾圧され、長い迫害の年月を耐えなければならなかった。その間わずかにぼくらは、半軟禁状態だったかの彼女の消息、無事だけを知るのみだった。

 64年のとき22歳だった彼女は、いま71。
 写真にみる笑顔は、映画『道』のジェルソミーナに似てチャーミング、ふくよかさはあのときのまま、かわっていなかった。
 現在の彼女は、チェコのオリンピック委員会名誉会長。今回の東京招致にも力をかしてくれたという。
 7年後、組織委員会の粋なはからいがあれば、再来日のチャンスもありそうだ。

 そんな彼女からのメッセージに、耳を澄ませたい。
 「日本人が持つ謙譲を兼ね備えた自尊心の大切さを、次の東京オリンピックで世界に伝えてほしい」

*写真は、のとじま水族館のクラゲ「ムーン・ジュエリー」。チャスラフスカさんとは、もちろんぜんぜん関係のない、ボクの個人的な気分のほうを表わしている*