どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

やむにやまれぬ心情あって…みずからは命をおとす人

-No.0014-
★2013年10月05日(土曜日)
★《3.11》フクシマから →  940日
★オリンピック東京まで → 2484日

◆哀悼の献花

 踏切内に倒れ込んだ老人を、駆け寄って助け、みずからは命を失うことになった女性の話題が胸をうつ。
 〈哀悼〉の献花ひきもきらず。合掌と黙祷あるのみ。

 その「勇気」を讃える声が、庶民からも政府高官の口からも漏れたが、それはチガウ。
 「やむにやまれぬ心情」がすべてであったろうことを、ふかく想ってほしい。でなければ彼女の、のこされた家族の、ほんとうの気もちにはかなうまい。
 「みずからの命をかえりみず」にできるというのは、そういうことだ。

 とくべつな「勇気」などではなく、だれにもある「やむにやまれぬ心情」がすべてだということ。その真っ直ぐな現われをこそ讃えなければならない。
 それこそが、心底からの絆というものだろう。

 〈3.11〉のボランティアにうちこんだ人たちの胸にあったのも、やっぱり、人それぞれの「やむにやまれぬ心情」だった。けっして、過酷な被災地に敢えてとびこむ「勇気」ではなかった。気がついたら、そこにいた。あとになって、足がふるえた。

 きのうまで、(自分でもナニをしていたのか…)わからなかった若者たちから、(これまでのぜ~んぶが消しとんだ…)いい齢になった大人たちまで、じつは、突きつめればおなじ心情のうちにあった。
 
 ボランティアは他人のためにするのではない、すべては自分のためである……としても、せめて(その心情やよし)と讃えられなければ、明るい展望はひらけない。卑下して、鼓舞するばかりが能じゃない。

 *1964年東京オリンピック金メダル、「東洋の魔女」の主将を努めた河西昌枝(結婚後の姓は中村)さんが4日、亡くなった。ぼくの当時の印象は(背の高いおばさん)…ゴメンナサイ。「鬼の大松」監督のもとで、チームをまとめるにはこの人でなければ、でもあった。ママさんバレーを盛んにしたのも、この人。こんどのオリンピックではなにかお手伝いができれば、という気もちでおられたという。合掌*