どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『あまちゃん』人気の久慈、小袖海岸に迷い込んだ日のこと/おそるべし…されどNHK

-No.0008-
★2013年09月29日日曜日
★《3.11》フクシマから →  934日

★オリンピック東京まで → 2490日





◆NHKの朝ドラ『あまちゃん』と久慈の海

 じつをいうとボクはこの人気ドラマのことを知らず、放送を終えたいまになって想い出しているところなのである。
 
 この春の東北巡礼で宮古から田老を経て北上、復興事業がようやく目に見えてきた「さんてつ」三陸鉄道北リアス線・陸中野田駅まできたときのこと。
 もう少し海沿いの状況を見ておきたいと思ったぼくは、〈道の駅のだ〉も併設された駅案内所で道(が通れるかどうか)を尋ねた。
 
 大津波被害をまともに受けた下の海岸から、一気に駆け上がった台地の上はまるで小天国のように明るく、昨夏そこの店で見つけた盆供養の「松あかり」が旅の印象をより深いものにしていた。
「ハイ通れますよ」
 親切な笑顔を見せた係の若い女性が「土・日はマイカー規制がありますけど」と付け加えてチラシをくれ、「ありがとう」礼をいったぼくのほうはまだ事情がよくのみこめないでいた。
 
 国道45号の東に張り出した段丘海岸を慎重に進み、ひとつ山道を越えてまた磯海に出たら、狭い道端に交通整理の人が出ている。

 案内されるままに港の方へと誘導されながら「ナンですか」、頓珍漢な“よそさまナンバー”の問いに実直な声が返ってくる。
「あぁ…あのNHKのですね『あまちゃん』のロケ地なんですよね…ここが」

 ははぁ、そうであったか。
 そこは“北限の海女”の故郷、久慈市の小袖海岸。しかし、NHKの朝ドラを観る習慣のないぼくには、どうにもならない。
 ともあれ、擦れ違いもままにならない狭小曲折する難路を、次から次へとマイカーやらタクシーなんかまでやってきて、港には飲食の屋台店まで出ていた。

 この話を、帰ってから床屋の大将にしたら「知らなかったんですかぁ」と呆れられた。明るくってテンポがよくて、これまでにない大ヒット「おもしろいですョ」とのことだった。

 (おそるべしNHK)と、ぼくはあらためて思う。一般の人にいわせればそれは「さすがNHK」とか「やっぱりNHK」となる。公序良俗というやつだ。
 いくら民法ドラマの『半沢直樹』が「倍返し」で沸いたって、影響力の底力ではてんで相手にならないものがあるのだ。

 ほんとうにさ、唯一全国津々浦々ネットの公共放送、NHKの威力は地方に行くほどに絶大でコワイくらい。過疎地とか辺鄙な土地などでは、NHKと自衛隊のほうが役場よりずっとありがたいのである。

 ちょっとした祭りの撮影なんかでも、優先的に好ポジションが与えられるのはいつも「NHKさん」だった。もちろん一部に不平不満や批判の声はあっても、前回の東京オリンピック(1964年)の頃までは、それでも文句をいわせない雰囲気があった。
 大晦日の『紅白歌合戦』が国民的行事といわれた時代があった。

 それも(いまはむかし…)かと思っていたら、いやナカナカそうでもないらしい。
 強固に、根強い。

 庶民にとっては、エリートあるいは準エリートの公務員は羨ましい人たち。
 だからわが子弟にも公務員になってほしい。そうした心情が「おかみ」意識とも無縁ではない、とすればその同じ方角にNHKもある。
 文化人と呼ばれる人たちに、けっこうお上手に役所を利用している方を見受けるが、これも、同じことがNHKにもいえる。
 
 だがしかし、されどNHK、もある。
 それは主にドキュメンタリーの分野だ。いい人材も多いようだし、機材・設備にも金がかかっている。大企業のスポンサー収入も国民こぞっての視聴料収入にはかなわない、ということだろう。
 とくに、ときどきに〈特集〉のかたちでまとめられるものには、民放局のおよばないところが、たしかにある。

 こんどの2020東京オリンピックでも、このNHK力はいかんなく発揮されると思うが、愉しみなのは競技の実況よりもむしろ、テーマ取材された〈特集〉ものであり、それはパラリンピックも含めた大会後に興味をつなぐ。

*写真、(左)は『あまちゃん』のふるさと久慈市小袖海岸、(右)は産物のメカブ