どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

2020東京オリンピックをクリーンヒットに/ 「どこゆき」遊び…空白のゆくえ

-No.0002-

★2013年09月23日(月曜日、秋分の日
★《3.11》フクシマから →  928日
★オリンピック東京まで → 2496日

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 “きり”のいい秋分の日、きょうから始めます。

◆“フクシマ” を忘れないためにも

 この9月8日に、東京が2020年・第23回夏のオリンピック&パラリンピック開催地に決まった。
 日本じゅうがおおいに沸きあがるなかで、ぼくは一瞬キョトンと虚をつかれた感じだった。
 世界標準でいけばイスタンブールがよかろうと思っていたし、国際オリンピック委員会というのがじつは、ひどく俗な集まりなのをあらためて思い知らされもした。

 けれども……。
 つぎに想い泛んだのは、1964年・第18回東京大会のことだった。あのとき19のぼくが、胸を躍らせて迎えた昂奮の日々から56年ぶりのことになる。
 あのときめきが、いまの若者たちの胸にも沁みてくれるなら(よかろう)と思った。

 クリーンヒットにしようぜ。
 アベノミクスの大将が、最終プレゼンテーションの桧舞台で「(フクシマ汚染水の)状況はコントロールされている」なんて、とんでもない大見得きっちまったのには冷や汗だったが。
 こうなったら後へはひけない、火事場の馬鹿力になってくれれば、フクシマにもようやく曙光が射し初めるかもしれない。

 されば、これから7年の歳月は意味があるかも。
 (しっかり見とどけることにしよう)

 思いきわめた脳裡に、ある遊びの情景が鮮明に映じた...。

◆「どこゆき」遊びの夕暮れ

 それは、奇妙な遊びだった。
 「よーい、どん」で駆けだした子らのあと、広っぱの土の地面に円形の図がのこされる。
 白いロウ石で描かれた図形はルーレットかダーツみたいな、六つ割りか八つ割りの放射状に区切られ、真ん中に小円の特別な領域があった。
 放射状の区画には、それぞれ「八百屋」「交番」「石橋」「ブルドッグの犬小屋」などと近在の場所が指示されてあり、スタートラインから順番に石を投げた子らは、自分の石が飛び込んだ区画の「行き先」指示に従う。
 みんなが石を投げ入れたら一斉にスタート、自分の石を踏んでから目標に向って走り、タッチして駆け戻れば自分の石を拾ってゴールする。


 早い者が勝ちだけれど、勝ったからといってべつにトクもない。「負けたらオニ」のバツもないのに、夢中になった。てんでんばらばらに散って行き、だれが見張ってるわけでもないのに懸命に、なぜかズルをする子もいなかった(…と思う)。

 

 遊びの名を「どこゆき」。
 呼び名からして「石けり」や「縄とび」とは違っていた。

 人に尋ねているようでも、自問しているふうでもあり、漠然と(将来)とか(大人社会)とかを想わせもした。
 遊びも進化する。
 「どこゆき」遊びは、「行き先」が「交番で(お巡りさんに)ケイレイしてくる」とか、「ブルドッグの頭をなでてくる」とか、「石橋でダルマサンガコロンダを10回かぞえてくる」とか、注文が細かくスリリングになっていったが…。


 極めつけは、真ん中の小円世界の大転回だった。
 はじめ、真ん中の小円領域は「行き先」のない空白、聖域のように扱われ、ここに石が入れば「お休み」がもらえた。
 だから皆ここを狙って投げ、なるべく平たい石を選びもしたけれど、結果1回「お休み」になってもさほど嬉しくない、それどころか仲間はずれになったみたいで寂しいことに気がついた。


 そこで「行き先」のない空白は一転「だれより遠いところ」と見なされ、そこに石が入った者は「だれより遅れて戻ること」になった。

 暗黙の了解である。
 クリステル風にいえば、あの「や・く・そ・く」は、いったいだれが思いついたのだったろう…。

 

 ぼくの、真ん中を外して狙ったはずの石が、「行き先」のない空白へと転げた、あの日。
 なんだかわけのわからないままに駆けだしたボクは、いちばん遠い「行き先」の「石橋」の子と同じ方角へ、わざと道すじを違えながら、隣り町との境を流れる小川へと走った。
 遠くに、「石橋」で100数えた子が駆け戻って行くのを見ても、ボクは直ぐには後を追って行けなかった、「だれより遅れて戻る」のに満足なだけの間が必要に思えた。

 …でも、その間はどれほどあったらいいのか…。
 赤とんぼを追って気を紛らし、小川の淀みにゲンゴロウが繰り返し浮き沈みするのに気を盗られているうちに、いつのまにか辺りは暮れなずみ、息せき切って駆け戻った空地の向うに遊び仲間たちの躍り上がる影絵を見たときの、(ちきしょうめ)てんでバカみたいな嬉しさったらなかったっけな…。

 ◆謎めいて深い空白への旅かも

 よくよく考えてみれば2020年までのカウントダウンというのも、皆目「行き先」の見当がつかない「どこゆき」遊び、真ん中の小円みたいに、謎めいて深~い空白なのかも知れない。
 それでも(いいさ)、行ってみようと思う。

 「どこゆきカウントダウン」の向うになにがあっても、しっかりと見とどけておきたい。

 

 *写真はニホンアサガオ。散歩のとき、どこかのお宅の垣根から内緒で種をいただいてきた。大輪で色も派手やかな品種が好まれる近ごろでは、貴重ともいえる古風な花。小ぶりの、淡い空色が愛らしく、それでいてこの夏の酷暑にもよく耐えてつよく、きょう秋分の日も朝早くに咲いて、陽の高くなる前にはひっそりとしぼんだ。人もこうありたいものだと想う*