どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 シネマティック・コンサート『ウエストサイド物語』  −佐渡裕指揮のフルオーケストラで蘇る青春−




◆9月21日、金曜日。有楽町の東京国際フォーラム


 ぼくが観て…聴いて…感じて…ふるえてきたのは、佐渡裕指揮のシネマティック・フルオーケストラ・コンサート『ウエスト・サイド物語』。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。 
 まず前宣伝のどこに魅かれたかというと、ミュージカル映画のその場での上映に、フルオーケストラのオリジナル楽曲を生演奏であわせる…シンクロ・ライブだというではないか。
 歌劇でもない、クラシックでもない、そこがひどく新鮮で、少し風の強い日の海辺の高い崖上に立ったような戦慄まじりの爽快感があった。
 それも、上演される作品が『WEST SIDE STORY(邦訳=ウエストサイド物語)』。ぼくは即座に前売券を買っていた、半年も前に…。

  
 ブロードウェイ・ミュージカル『ウエスト・サイド物語http://www.youtube.com/watch?v=bxoC5Oyf_ss&feature=relatedが映画化されたのは1961(昭和36)年。日本での公開はその年の12月23日。
 丸の内ピカデリーをとりまいた群集の熱気のなかに、そのころ高校生になったばかりのボクもいた。
 それから63(昭和38)年5月17日まで591日のロングランの間にボクは3回、この映画を観に行った。
 それまでのちょっとバタ臭すぎというか、わざとらしく大げさな振り付けの、とってつけた風ついてけない感じのミュージカルとは、まるで違っていた。
 観る者にいささかの恥ずかしさも感じさせない、音楽劇ではないこれぞ〈ミュージカル〉として、ぼくが初めて力一杯の握手できた作品である。
 音楽(レナード・バーンスタイン)とアクション、演出(監督ロバート・ワイズ)と振り付け(ジェームズ・ロビンズ)の、洒落て小気味よいキレ味のよさに、文句なし、みごとに乗せられてしまった。スクリーンと一緒に躍動し、気もちよく草臥れはて、上映を終えてもしばらく立ち上がることさえできなかった。あんな昂奮、ついぞなかった。
 そしてボクらは、主役の二人、ナタリー・ウッド(マリア)やリチャード・ベイマー(トニー)、そして“ジェッツ”の団長役ラス・タンブリン(リフ)の純アメリカンたちよりも、移民系プエルトリカンの方、“シャークス”の団長役ジョージ・チャキリス(ベルナルド、チャキリス自身はじつはギリシャ系)やリタ・モレノアニタ)の脇役(二人揃ってアカデミー賞の助演賞をゲット)にこそ、その精華があることに痺れ、揺さぶられたのだった。
 褐色の肌にパープルの衣裳があまりにもお似合いだった、チャキリスとモレノ
 それから、脚長タッカー・スミス(アイス)の『クール』がまた、めっぽうカッコよかったのも忘れられない…。


 映画製作50周年の2011年夏に、ロスで初演されたこの“シネマティック・フルオーケストラ・コンサート”、日本で指揮をとるのは作曲家レナード・バーンスタイン最後の愛弟子の佐渡裕。エネルギッシュに、ときに情感ゆたかにタクトを振った。
 ふしぎなあじわいと余韻の、感動のコンサートだった…では感想として不足か。
 ともあれ終演後の拍手喝采スタンディングオベーションの波には、ふつうのコンサートにはない種類のあじわいが醸しだされていたのだ。
 とうぜん50年前には青春真っ盛り…いまはもじどおり熟年の心境にあって…老境にはまだ遠いが“新人類の親世代”であることはわきまえている…OB・OG群像たちが顔をあわせて(やぁ集まっちゃいましたねぇ)という雰囲気。
 歳をかさねた落ち着きのなかに滾る情熱をかみしめた人々が、席を立ち上がった瞬間に、あのときの耀きを一瞬ピッと弾けさせて見せた。
 あの時代の感性を共有した世代が50年の歳月をクリアして集まり、しかし、さすがに足腰には往年の軽やかさはなかった…というわけデス。


◆コンサートの翌日からボクは…


 〈メタボ〉封じの運動に、新たなストレッチングが加わることになった。
 ……というのは『WEST SIDE STORY』のジョージ・チャキリスばりに、あの〈両手・片脚を大きく広げて片足立ちで伸び上がる〉ポーズをやってみたら、なんということか、脚は思ったより上がらず、伸びもせず、ついでにヨロケるという体たらく。
 口惜しくて、なんとかまぁ自己満足できるくらいのレベルにはもっていきたくて、ウォーキングに脚の蹴上げをとりいれることにした。
 いまは脚がやっと肩あたりまでだけれど、見ておれ、いずれキレイにキメて見せよう……。