どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 最初の一歩「筆甫」から  −伊達領検地の筆はじめ−





*《3.11》一年後の巡礼を前にボクは車を乗り換た*


閖上を目指す途中のこと


 桜花の蕾まだかたく、肌を刺す風ひどく冷たく、車の通行も少ない東北道
 福島・宮城の県境近く、国見ICのあたりまで来たときにふと、はらりと翻るように浮び上った記憶があった。
 閖上〔ゆりあげ〕と並んで忘れがたい、もうひとつの宮城県の地名。
 筆甫〔ひっぽ〕という。


 この地名に出逢ったのは、地方紙のコラムであったかと思う。
 県の南端に(福島県沿岸の相馬市と山間の伊達市との間に張り出す)丸森町がある。
 阿武隈川に沿って国道349号が通り、阿武隈急行線丸森駅のある町中から、14キロほど南に入った山里である。
 いわくありげにピョンと跳ねた感じのこの地名は、伊達政宗が自領の太閤検地をはじめたところ…「筆甫〔はじ〕め」に由来するという。
 さらに調べると、ここは柳田国男らが行った民俗調査対象地のひとつでもあって、「宮城の遠野」とも呼ばれたという。


 興味をひかれ、近くまで出かけた折に訪ねたことがあった。
 午後の日の暮れかかるなか、おぼつない、たよりない気分で山道を走ったことを覚えている。
 辿りついた小さな集落の上に立って来し方を眺めると、細い流れの川筋に沿ってゆるゆると下りながら耕地が開けており、豊かとまではいかないまでも助けあって生きるぶんには不足のない、人をホッとやさしい気分にさせる人里の風景だった。
 教科書の挿絵に見た記憶でもあったろうか、下役を従え塗笠に手をかけた検地測量の侍姿が目に泛ぶ。
 いよいよこれからとりかかる、筆甫め地に立った役人の高揚した感慨を想うと…
 「ひぃーっぽ」
 叫び上げたいほどの、すばらしくいい気分だった。
 人は高みに立つと一瞬、重力の枷から解き放たれるものらしい。


 それに、ぼくには筆はじめの嬉しさもわかる。
 新しい筆をおるすとき、口先で湿らせ柔らかくした筆先に墨の染みていく緊張感は、わるくない。
 (ただしボクの書道は半紙からはみ出す勢いだけの大筆まで、巻紙にすらすら小筆をはしらせるところまではついにいかなかったけれど…)


 そんなわけで想えば懐かしい「筆甫」だったが、それももうずっと以前のこと。
 その後のゆくたてを、ぼくは知らない。
 ただ《3.11》福島第一原発の爆発後、丸森町にも高放射線量の影響さわぎがあったようだし…。
 筆甫集落の南、県境の山の向こうはすぐ相馬市、そして除染困難のさなか帰村の是非をめぐって揺れる飯舘村(2011.09.24記事)なのだった。