どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《3.11》一年後の被災地巡礼【1】閖上の海−風に投げられた献花−







◆待ちきれずに…


 3月25日。フライング気味の出発だった。
 寒い冬だったけれども、月のはじめに、陽ざしにふっと萌えいずる春の匂いがあったのだ。
 それも、歩き始めたばかりの幼な児のように淡いものではなく、おどろくほどに刺激的な娘ざかりの匂いの嗅ぎとれる一日があって、ぼくは熊みたいにむっくり冬眠から目覚めてしまったのだった。
 ぼくは雪国育ちではなかったけれども、雪になるときは匂いでわかる…ことがある。
 去年〔こぞ〕の早春《3.11》のあとは、焦燥感にかられながら待ちに待って、ようやくひと月後になってやっとこさ動き出せたことも、記憶に深く刻まれてあった。
 あのときは、自衛隊ほかの救命・救助活動中はけっして邪魔になってはいけない、強い自戒の念があった。


 一年後の春を前に、ぼくは期するところあって車を乗り換えた。
 前の車が車検を控え、そろそろ下取りにはぎりぎりのところ、という状況もあったが。
 なによりさきに、被災地で機敏にうごける態勢を…という想いがあった。前のエルグランドはいい車だったが、いかんせん図体がでかすぎた。運搬にも車中泊にも適した車室の広さはもうしぶんなかったが、瓦礫の小道には不向きで邪魔くさかった。瓦礫処理ダンプや工事車両でもないのに、生意気に目立ちすぎた。
 乗り換えたのは、ひとまわり小型のエクストレイル。印象としては半分くらいに身軽になった気がする。


 もう、いつでも旅立ってよかった。
 旅人の気分というのは、準備さえ整えば自然とスウィッチが入る仕組みになっている。


 ぼくは(被災地に春をとどけに行く)気だったのだけれども…。
 そんな逸る気もちを嘲笑うように、その後の天候は不順に舞いもどった。
 桜の開花予想はでても、天気予報の地図上にはなお雪のマークがのこって、空模様は大震災直後の意地わるさを思い起こさせた。
 そしてとうとう、ことし東京には〈春一番〉が吹かなかった。
 寒春。
 (天災は忘れた頃にやってくる)
 首都圏ではマスコミが直下型大地震の警鐘を鳴らして、人々を新しい話題に誘い。
 (人災はときを選ばない)
 無恥厚顔、陋習蒙昧な利権喰いの輩が、被災の民人を臆面もなく踏みにじる。
 (…南無…)
 祈る気もちばかりで、おろおろ巡礼するしかない胸うずくままに、旅人は道行くほかにない。


◆気になっていて遠かった土地


 宮城県の、気にかかる地名に閖上〔ゆりあげ〕というのがある。
 仙台近郊、名取市の港町で、水利に長けた伊達藩自慢の貞山堀と名取川の中継地にあたり、舟運と沿岸漁業で栄えてきた。赤貝などの漁獲や、名産“笹かまぼこ”の生産があり、近ごろは朝市のにぎわいでも知られていた。周辺はレクリエーション地域でもある。
 「ゆりあげ」という浜の名が先にあって、閖上の「閖」和製漢字の由来は、小高い丘の寺の門から名取川河口の水が印象的に光って見えたことから「門の内に水」とか、あるいは鎮守の水門(湊)神社の神名にあやかって「一字に合成」とか、いわれているらしい。
 いずれにしても威勢のいい掛け声のとびかう港の風景、それこそ目に見えるようではないか。漁師たちが勇み肌の肩ゆりあげる姿に圧倒されそうな感がある。
 そこが、なんと完膚無きまでに津波に洗われたとなれば、極度に揺りあげられた厖大な海波に浜はのみこまれた…のにちがいない。
 ずっと気にかかりながら、活気みなぎる港町の人情・風情に接する機会に恵まれないうちに、こんどの《3.11》があった。
 そうして昨夏は、貞山堀沿いを仙台空港まで来ながら、やっぱり閖上には寄れずじまいであった(2011.09.29記事)。
 こんどの巡礼では、ぜひとも寄ってみなければならなかった。


 東北道の仙台南ICから仙台南部道路へ、沿岸へ。
 仙台東部道路を南へと折れて名取川を渡り、名取ICで下りる。
 海辺を目指すと間もなく、風景はストンと被災地モードにきりかわる。
 白っぽく、平たく、すっかり津波に浚われた町の跡形が、呆然と、黙りこくって立ち竦んでいる。
 さっきまでの喧騒が嘘みたいなあまりの閑けさ、不機嫌なほどの素っ気なさに、つい…
 (もちっとアイサツのしようがあるんじゃないのか)
 憮然とせざるをえない。が、即座にそんな自分を掠れ声に叱りつける。
 (こんな風景に見慣れちゃいかん)と、繰り返し心に誓ってきたはずであった。
 あのときのまま…手つかずのなかを徐行する。


◆肩ゆりあげる港町の復活を祈る


 片付かない瓦礫の山の脇に、墓石避難所の広っぱがあった。
 「もうじき墓の持ち主たちは決めなければならないんです、新しく造り直すか、このまんまで我慢するか…。こんなに傷んじゃ酷すぎますから、ほんとは皆さん建て直したいところなんでしょうがね…みんな精一杯ですからねぇ、どうなりますか、つらいことです」
 親戚の墓石をたしかめに来たという夫婦は、傾き欠けた墓石を撫で、ため息をついた。
 寺にも檀家にも打開の策なく、世話する持ち主の絶えた墓石も少なくない…。
 

 みごとなまでに跡形もない、かつてあった町場のだだっぴろい憂鬱のなかに、ひとところ古墳かなにかのように、こんもりと残された土の塊があった。
 日和山。高さはわずか6メートルほどという。
 壊滅した町家とともに流され失われた閖上湊神社が、ここに分霊、復活されていた。
 犠牲者の慰霊か、復興への祈りか、どちらにしても唯ひとつの拠りどころ。人々が石段を踏みしめて上る台上には、神宿る神籬〔ひもろぎ〕が建ち、遮るものとてない風の通り道になっている。
 低い、ささやかな土饅頭のてっぺんからとは、とても信じられないような大眺望に愕然とする。
 高さ5〜6メートルの屋並みがすっかり取り払われてしまったことで、海までが…山までが…近いのか遠いのか、距離感というものがまったく失われてしまっていた。
 とらえどころを失くされたオートズームのレンズが、虚しく焦点を探して前後するかのようだ。
 頼みの五感はあまりにも頼りなく、距離感のおおきなズレは、かつての記憶を呼びおこして修整しなければならないだろう。
 そしてまた、この光景の無慙さを、人はどう記憶にとどめたらいいのか……。


 閖上港の海は、そそけだつ寒風の吹き曝すなか。
 漣〔さざなみ〕、白波、逆波〔さかなみ〕、まぜこぜ乱れに揺れ立っていた。
 見ようによってそれは、担ぎ手の逞しい肩に揺り上げられ踊り舞う、祭礼の神輿のようでもある。
 人はだれも、元気なときには肩を揺り上げるものだ。そんな閖上への復活を祈る。


 あのときのまま、とりのこされた風景のなかに三々五々訪れる人たちの姿があり、河口の堤に佇み、寒さに諭されるようにやがて去って行く。
 午後の未練でしかない弱い陽の光りのなかに、自分のいまをもてあましている…といった風情の若い男が一人、妻と子に見守られていた。
 なんとはなしに持ってきてしまったらしいコンパクトカメラを片手に所在なげな妻は、もう一方の手に幼い男の子の手をしっかり握りしめていた。
 若い男の手には墓前用の花束が、川風か海風か知れない風にふるえ…。
 と見る間にいきなり、男は堤を護岸の水辺へと駆け下り、水面を無言で睨み据え…。
 それから大きくバックスウィングして、花束を虚空に投げた。
 荒っぽい供養の仕方だったが、おかげで花束は流れに乗れたようだった。
 妻はそれをじっと見つめ、男の子は母親の手に縋りついていた。
 男は水面をゆく花束に手を合わせ、クルッと踵を返し…。
 堤の上の妻子を抱きかかえるように、車にもどって座席に押し込み…。
 しかし、自分の気もちの整理はまだつかないらしく、船だまりの岸へと歩いて立ちつくした。
 「仲のよかったお友だち、職場の同僚を亡くしたんです…えぇ、私たちは助かってしまって」
 「…………」
 「どうしたらいいんだか…わからないんだと思います」