どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 記憶と連想の綾織[001]  ブルーローズの七日間




◆“ブルーローズ”http://www.suntorybluerose.com/#がわが家に訪れたのは10月13日木曜日のことだった


 “青いバラ”…に抱いたぼくのイメージは、もっとこっくりとしたビロードのような青。
 このバラは青というより青紫だったけれども、品よくおっとりとして、高貴なあまい香りがした。
 それでいて…やはり青という色彩のもつ天命だろうか、深い嘆き、あるいは、果てない憂鬱…といった印象もかげろう。
 花ひらきかけたときから、成熟の境地にある。 
 名の「アプローズ」は〈喝采〉、ちあきなおみの歌唱へと想いはとぶ。
 花言葉は「夢かなう」…意味深長。

 
 中井英夫の『虚無への供物』という推理小説があった。
 ぼくは、彼の作品をこれしか知らない。
 構想のきっかけになったのが1954年、青函連絡船洞爺丸転覆事故だったそうな。
 1964年の刊行というから、ぼくが手にしたのもそのときの、ずしりと重い函入りの長編。
 ほとんど吸い寄せられるようにして、本屋の書棚から抜きとっていた…想いで深い一冊。
 だが、いまは手もとにない。どうしたかも、わからない。そうして、あってもたぶんもう読みかえすことはないだろう気がする。


 当時、書評では「奇書」とか「アンチ・ミステリー(反推理小説)」とか呼ばれていたようだけれど、ぼくにはほろ酔いで迷路に遊んでいるようなおもしろさがあった。
 こういう類いの本には雑学の愉しみもあって…。
 五色不動http://www.dentan.jp/5irofudo/5iro.html(目白、目赤、目黒、目青、目黄)の説や、不動三尊の脇侍が矜羯羅〔こんがら〕・制多迦〔せいたか〕の二童子ということも教わった。
 〈青いバラ〉が不可能の代名詞とさえいわれ、その花を咲かせることはバラを愛する人たちの夢とされてきた…という話とも、この本で出逢った。
  それ以来、ぼくの夢見にもときたま万華鏡の映像になって現われたりしていた…。


◆気狂いの黄…魔境の青…


 ブルーローズとは、またことなる世界ながら、魅惑ということでは、海の青もひけをとらない。
 『青い大陸』(1955年、イタリア、フォルコ・クリィチ監督)http://www.geocities.jp/tan_7755/Z-Movie/italy/sesto.htmlというステキな記録映画が、その頃はまだ小学生だったぼくを深海領域のとりこにした。
 同監督には、その後『チコと鮫』(1962年)http://www.youtube.com/watch?v=TZlM8NhGwXoという名作ドキュメンタリーもあった。
 泳ぎはいっこうに上手くならないくせに、それからというもの海には魅せられっぱなしだ。
 ジャック・イヴ・クストーの『沈黙の世界』(1964年、仏、ルイ・マルと共同監督)http://www.youtube.com/watch?v=9qaR-4CLadEにも、ぐっしょりハマった。
 海にまつわる想い出いろいろ…。
 友だちの一人に、船ならなんでもないくせに浮き桟橋にはからっきし弱いという、かわり者がいた。この男を五分も浮き桟橋に放ったらかしておけば、酒なんぞ一滴もいらない、めろめろに酔っぱらう姿を惜しげもなく披露してくれたものだった。あいつ、いまごろどうしてるかな。
 アラン・ドロン主演のピカレスク・サスペンス『太陽がいっぱい』(1960年、仏・伊、ルネ・クレマン監督)http://www.youtube.com/watch?v=DPsXxc6r0asが封切られたのは大学フレッシュマンの頃。ガールフレンド連れ…もくろんで誘った女の子が、「海の波に弱いの」かわゆいことをいう…と思ったらぜんぜん冗談じゃなかった。
 ヨットが画面いっぱい荒れ狂う波に翻弄されるいい場面〔ところ〕で「もう…だめ」、席からよろめき立ってしまい、その後を心配そうに追わざるをえなかったぼくは、この映画、あらためて一人で見なおす羽目になった。彼女…どうしているかなぁ。
 映画ついでにいっておけば、ぼくは美男いかにも色男くさいアラン・ドロンなんかより、じつは曲者いかにも喰わせ者ふうジャン・ポール・ベルモンドのほうに好意を抱いていた。
 ベルモンド主演の傑作は、これぞヌーヴェル・ヴァーグの『勝手にしやがれ』(1959年、仏、ジャン・リュック・ゴダール監督)http://www.youtube.com/watch?v=wSVQVcidft8
 日本映画を見なれた目に、これはホント“新しい波”どころか、それこそ大津波もののよくぞ(勝手にしやがって…)作品、とにかくスカッとさせてくれた。
 ラストの、拳銃で撃たれたベルモンドが路上に倒れ、駆けつけた裏切り女のジーン・セバーグに百面相して見せていう捨て台詞「おまえはサイテーだ」がいい。
 想えば…ジーン・セバーグにしろ、アラン・ドロンと共演のマリー・ラフォレにしろ、“これからタイプ”のいい娘〔こ〕だったな。マリー・ラフォレなんか、そう、ちょっと綾瀬はるかふう…だったかも。


 バラが青い花をつけられないのは、〈デルフィニジン〉という青い色の色素を合成できないからだ…と、これも『虚無への供物』に書かれてあったと思う。
 そして、たしか、どんな花にもつけることのできない色があるものだ…とも。
 近所に、青い花の好きな刺繍の先生がいて、彼女は紫陽花をこよなく愛し、いま庭のぐるりを紫陽花で埋める計画に凝っている。
 その紫陽花は、植わっている土壌の性質で花の色が変化する…と聞いたことがある。
 それもイメージとは逆の、酸性なら青系に、アルカリ性なら赤系になるのだという。


 わが家を訪れたブルーローズは、七日後つぎの木曜日に、短い花の命をドライフラワーの世界へと、旅立って行った。