どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

 大津波から一ヶ月後の被災地【2】大槌高校避難所のことなど  −耐えがたい異臭と頓珍漢な風景のなか−




◆すぐお隣の大槌町のことが、遠野にいてもほとんど知れない


 ふだんなら車で1時間たらずのここ遠野でさえ、“すぐそこ”の被災地のことは報道以上には知りようがないのだった。
 不安を潜めた長閑さ…というのが、ふと、不気味だった。


 早池峰山の麓の、民宿「わらべ」で明けた大震災から1ヶ月後、なごり雪の朝は好天ながらストーブ寒。
 奥さんにお願いして、昼飯のオニギリをこしらえてもらう。
 遠野市の無線放送が「釜石線は明日から復旧、運行の予定」と伝えていた。


 「自衛隊ってスゴイですね、テントで野営して、食事からなにからぜ〜んぶ自分たちでして、それで毎日救援に出かけて行くんですもんね。任務っていえば、そうなんでしょうけど、ぜんぜんほかに面倒かけないんですもんネ」
 民宿の娘さんが言ってたとおりの風景が、遠野の運動公園に見られ、その後も被災地周辺の各地にも見られて…ほんと「ゴクロウサマ」最敬礼あるのみだ。


◆潮もみの砂を煎り焼きにしたような…耐えがたい臭い強烈


 遠野から<救援・支援街道>のおもむきの国道283号を釜石へ。
 車列が滞りだして下り坂になったと思うまもなく、不意に風景がギロッと目をむき、同時につよい異臭が鼻を衝いてきた。
 この人を腐らせる臭いは、けっして忘れることができないだろう。
 大量の塩水で、人々の生活をまるごとミキサーにかけたような……とでもいおうか、潮で揉みに揉まれた海砂を大釜で煎り焼きにしたみたいな……ツンと胸ふさがる痛みの臭いだった。
 被災した人たちが、この臭いのなかにいる。


 両脇にどけられた瓦礫の山を縫う道は、幹線はひび割れた舗装が白っぽく乾き、いっぽう集落内の細道は土がジットリ湿っていた。
 どちらにしても“潮干”の所為。
 そして、きっとこの臭いも含めた光景がほとんどひと月前のまま…凍りついてしまっているのだろう。
 吐き気をもよおす血の臭いのないのが、せめてもの救いだろうが、それも気休めにすぎない。


◆避難所の戸口の外と内の温度差


 大槌高校の避難所は、土ぼこりと瓦礫臭に噎ぶ(ムカつく)細道の奥、かろうじて津波に巻き込まれずにのこった斜面の集落より、さらに一段高い丘の上。
 この、ほんのちょっとした高さの差が、茫然とするしかないほど、あまりにも大きすぎた。
 おそらく日本のどこにも、ごくふつうにある集落の風景なのだ。なにもなければ、気にもならない。なによりも生活がさきだから、宅地はより便利な平地(低地)に求められ、余分に土地の必要な学校や寺社などが傾斜地を削った高台にいくことになる。
 結果は、低地の住宅群が津波に呑まれ、高台に造られた公共施設が残って避難所になった。
 避難場所はたいがい、ふだんは不便な…用がなければ誰も好き好んで行きたがりはしないところだった。


 大槌高校は、規模の大きな避難所だ。
 朝食はすんで昼前の、ちょっとゆるんだ空気が校門から校舎、校庭のすべてを気だるく包んでいた。
 被災した人たちの表情には、どんな過酷な緊張もいつまで続けられるものではない、悄然と消沈が見える。
 取材報道陣の姿もないいまは…カメラやマイクの前では精一杯のガンバリを演じてしまわざるをえない昂奮状態から解き放たれ…どんなカタチにしろ、いっとき隙だらけのホンネの素顔だった。


 こんな場合に“ぬけめのない”などといったら不謹慎だろうか…混乱のなかから逸早く活路を見出そうとする人が、かならずいる。校舎の入り口付近に、なにかを求めて佇んでいる。急ごしらえのベンチに座り込んでいる。
 たいせつなのは、少なくともこうして出張ってこられる人には気もちにハリがある、ということだ。内部の教室の避難スペースには、それもできない、じっとガマンの人たちが多いことを知らねばならない。
 報道番組の準備・用意された状況のなかでのように、励ましの声をかけることなど、できるものではない。
 あたりまえの人にできるのは、絶句と会釈のみだ。


天皇・皇后の存在感にまさるものはなかった


 こんどの甚大被災に遭って、あらためて見直させられたのが、天皇・皇后両陛下の存在感のおおきさだった。
 日本は天皇制でよかった、日本には天皇制が似あっている。
 考えてみると、国のかたちとしては〈象徴天皇制〉だが、じつは〈立憲君主制〉といっていい。 
 被災地慰問される天皇・皇后おふたりの姿に、そのことを国民こぞって思い知り、ナットクし確認した。
 避難所の床に膝をついて親身に寄り添うお二人のカタチは、国の首相にも東京電力社長にも他の誰にも、ついにできえなかった。
 想いやりの深さ、品格がまるで違っていた。
 皇室のあれこれがなにかと話題になったあとだけに、天皇制の今後を考えるうえでもよかったと思う。


◆目には見えない〈個人情報〉にこん絡〔がら〕かる支援の糸


 学校の事務室を訪れ、ぼくたちは来意を告げて、持参の支援品を託した。
 校長先生を通じて生徒さんたちに、これから長きにわたらなければならない復興にむけて〈小さな遠慮なしの申し出や相談してね〉という趣旨のメッセージを添え、便りが頼りの“おたよりセット”葉書・便箋・封筒・筆記具・切手などに、和みの甘味チョコレートほかの品々も少しばかり…これでも一所懸命に思案してのことだった。


 校長先生は外出中だった。
 4月20日に始業式、22日に入学式が予定されており、避難所をどうするか…むずかしい調整もある。
 こちらは不意の、もとより巡礼、しかたなし。
 生徒さんたちにも、自由時間中だったようで、ざんねんながら逢えなかった。


 もっと小さな子たちへの、お勉強・お絵かき品などは、諸方の避難所をあずかり事情もわきまえた町職員の方に、配分をお願いした。
 「おかげさまで避難所の救援物資のほうは、ほぼ充分たりてきています。あとは個々のこまかい欲求になりますから、きりがないと思います」
 被災した人たちの、はけ口もとめるちょとエゴイスティックな欲求と、それにどこまで応えたものか悩まされる地方行政側と…いずれにしても倦み疲れたヤルセナサが、そこには漂っていた。


 もうひとつには、だれも口に出していうわけではないが空気に感じられる〈個人情報〉の影があった。
 はっきりいえば、姿形もあきらかでないヌエのようなものに、頭っから恐懼〔きょうく〕して、さわらぬ神にタタリなし…でいるのがわかる。
 そんな場合じゃないだろう。だが、こちらにもいい思案があるわけでもない。
 もはやこれまで、こたびは巡礼あるのみ…に思えた。


◆チガウでしょう…ばっかりの頓珍漢な風景


 大槌高校の丘から海辺に降りて辿る道すがら、目にするものすべてが(こんな言い方はどうかとも思うのだが…)正直な想いを包み隠さず吐露してしまえば、
 「なんでぇ? チガウでしょう!」
 ばっかりなのだった。


 「あんた、こんなとこでナニしてんの」
 トンデモナイ光景の最たるものは、陸に上がっちまった船。
 そんなこと知らんげに海はもうもとの、広やかでやさしげな水の色だった。
 「やぁ…怖ろしかったな、けど、海を恨むわけにもいかんし」
 そんな海に早くもどりたい漁師や船乗りがいるいっぽうに、そんな海はもういい(嫌だ)という人たちもいた。