どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

富士山に詣で、出汁味に目覚めて…ことし新春迎えの儀をおえる

-No.2313-
★2020年01月21日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3239日
★ オリンピックTOKYOまで →  185日
★旧暦12月27日
(月齢25.09、月出03:23、月没13:39)


 この新年は、昨年暮れに従弟の一人を亡くしたボクにとって、格別。
 けれども、こと春迎えの儀は、これまた別である。

 いうまでもなく
 ハレ(晴れ=儀礼や祭・年中行事などの非日常)と(褻=ふだん生活の日常)の文化圏にあっては、身を慎む「喪」と暮らしの「区ぎり」とは、双方を見あわせながらも、とどこおりなく、すませていく。












◆富士山=浅間神社に詣でる

 ことしも箱根神社に初詣をした、けれども。
 小正月(15日)の左義長(どんど焼)には行けなかった(松飾を遠慮したので焚くべきものもなかった…)ので、新年迎えの儀の〆をしておきたいと思って。

 富士宮の、富士山本宮浅間神社に詣でることにしたのは…
 その社前に、ユニークな造形美で魅せる「静岡県富士山世界遺産センター」があり、ここを、なにかの折にはぜひ訪ねておきたかったから。

 たまたま昨年末に、ここで冬季特別展『谷文晁×富士山』が開催されるとの報があって、うまくその折(チャンス)に恵まれたわけである。
 ぼくは谷文晁の南画の自在闊達な筆致が好きであり、それよりも旅と山を愛した足跡と、日本の代表的山岳89座の風景を90葉の画にまとめあげた『日本名山図絵』の、絵師としての〝凝り性〟を尊敬してもいた。

 彼のなかでも好んで描いたのが富士山であり、ここには『富士山真景全図』(紙本着色一巻、1795年)も見られる。

◆富士山はついに顔を見せずじまいだったが…

 ぼくもまた人並みに、やっぱり「遠く観る富士や佳し」とするものだが。
 真近に、顎が痛くなるほど仰向かせて迫る富士もだ~い好きだった。
 
 若き日
 富士宮からも遠からぬ朝霧高原で、夏休み子どもたちの遊牧民キャンプ。
 朝のテントから顔を覗かせた子らが、「見えないや」と富士山を探そうと遠くを見る目になる。そこで、「見せてやるから上を向いてな」言いざま、仰向いた身体を斜めに引っ張り出してやれば「あぎゃぁ~…あったぁ!」。
 素っ頓狂な声をあげて転び出したあとは、もうただただ小躍りするばかり。
 そんな子らをずいぶん見ているうちに、こっちもなにやら無性にテンションが高くなっている…そんな功徳が富士山にはあるのだった。

 ただし、山は気紛れ。いま見えていた富士が、ひょっとよそ見した隙に隠れてしまったり、あきらめかけた頃に、またひょっこり顔を見せたり、思うようにはなってくれない。

 出かけた17日は、これから下り坂に向かうという天気の合間。
 だが…道中の間は、ちらちらと顔を見せていた富士が、到着した頃には御開帳もおしまい。暑い雲にすっぽり麓の方までおおわれていた。

 ともあれ
 2013年(平成25)に、世界文化遺産に登録なった記念の施設は、東日本大震災の復興建築にもかずかずの業績をあげた建築家、板茂さんの設計。
 伝統の木組みをふんだんに用い、「富士山への畏敬」をコンセプトにした造形には目を瞠る。

 円形の内部は、ゆるやかに弧を描くスロープを歩み登りながら5階くらいの高さまで至る間に、富士山の自然・文化・歴史を、うごきのある映像を主に紹介していく仕掛け…あきさせない。

 そうして、パッと開けた5階の展望ホールからは、すぐ目の前に富士の山。
 ここまで、もうしぶんない展開できたのに、ザンネン口惜しいことに、富士さん隠れたまま。
 (…だったので、ここはやむなし、絶好の場面を写した絵葉書写真(撮影/平井広行)をお見せしておきます)

 展覧のあと、富士山本宮浅間神社にお参りして、新春迎えの儀をおえた……











◆ことしの心がまえ…食では「出汁」をきわめる!

 ところで
 わが家の年迎えの食卓。

 年々、時代の贅沢嗜好には背を向けて、質素を旨の「いいとこどり」に、ますます磨きがかかってきた。そのエッセンスを(お披露目するほどのものでもないが…)、ほんの、お目汚しまでに。

 新年祝いの膳の、ぼくの担当は黒豆田作り(ごまめ)、かみさんは紅白なますが定番だが。ことしは豆のいいのが手に入らなかったので、黒豆をキャンセル。
 〈定番もの〉の多くは出来あいですませたから、上段写真のとおり、いたってシンプル。

 かわりに、1年の食卓の賑わい守ってくれた、かみさん慰労の2品、4~5日は手をかけずにすませられるものを用意する。
 1品は「筑前」、もう1品は「おでん」(写真/下段左)。
 
 「おでん」の出汁が勝負どころ、で。
 昨年までは、昆布のみからひきだす「一番出汁」を「雑煮」の清まし汁に。
 あとの昆布に、煮干しを加えて一晩水出しの後、鰹節の厚削りを加え、ひと煮立ちさせた二番出汁を「おでん」の汁に調味していた(これはこれでイイ)のだ、けれど。

 なお塩分をひかえる必要を痛感したことしは、徹底して旨味出汁に心血をそそぎ。
 二晩かけて水出し、昆布と煮干しの「一番出汁」をたっぷり。その一部を「雑煮」用にまわして、のこりすべてを「おでん」用に、鰹厚削りを加えてひと煮立ち、いい味ひきだしたものにした。

 この出汁、上等な旨味のおかげで、塩も醤油も半減。
 「雑煮」も「おでん」も風味よく、具材の持ち味もひきたててくれた。

 そうなると、くふうも生まれるもので、これまでの和いっぽんやりから、洋風の具材も加えて写真/中段右のように、炙った鶏手羽もとに茹でブロッコリーという新メニューも誕生することになり(写真は餅もくわえて洋風雑煮仕立て)。

 ついでに来客用には、塩麹仕立ての「海鮮アクアパッツァ」(写真/下段右)も加わり、いいもてなしができて大成功であった。

 この思わぬ(というより…じつにひさかたぶりの)成果に、ぼくは味をしめ。
 ことし、〈心がまえ〉るテーマ・春の部〈食〉では「出汁」を追求してみることにした。

 出汁については、ぼくが板場修行中の教科書にした『だしの本』(昭和63年、ハート出版=いまは絶版)がある。
 著者の藤村和夫さん(2011年没)は、蕎麦知識満載の職人。蕎麦というシンプルな食べものを活かす、出汁の智慧本といっていい。

 この本に、あらためて学びながら、その後に世に出た出汁材なども試みつつ、1年かけて、ぼくなりのベスト出汁を仕上げてみたいと思う。

 目指せ、夏は冷やして「熱中症予防ドリンク」にもなる一品を!
 (いい出汁できたら、そのつど報告しますネ)