どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

2019「令和元年」ものこりわずか、省みる吾 /いちばんの改悟は…嗚呼!惨憺たる「大山詣」

-No.2280
★2019年12月19日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3206日
★ オリンピックTOKYOまで →  218日
★旧暦11月23日、下弦の月・二十三夜月
(月齢22.9、月出00:00、月没12:01)









◆大山詣にあやかりたい

 山を歩いて山気たっぷりの大山詣、名物「豆腐料理」でしめくくろう。
 …と発案したのは、ほかでもないボク。
 趣味の山歩きに達した友人、Sくんに計画を願って実現した。

 きっかけは、高校時代の同期会。
 集まって酒を酌み交わすのはイイとして、もひとつクフウがたりなくはないか?
 〈古希〉を越して74歳にもなる、健康に感謝してたまには少し歩いてはどうか?

 それが、なぜ「大山詣」に結びついたかと言えば。
 むかしの「大山講」の験〔げん〕かつぎ。
 ぼくの、かつての包丁の師匠で、浅草三社祭の神輿会のなかでも熱心な男が、仲間と大山詣でにも凝っていたことによる。

 …とはいっても大山まで歩いたり、大山阿夫利神社に登拝するわけではなく、ただケーブルで下社に詣でたあと、山麓の茶屋に集って一献かたむけるだけなのだ、が。

 なにしろ、その日の出立〔いでたち〕の粋な着物姿に…つよい憧れを抱いた…動機は単純、そんなとこだった。

 もうひとつには
 歩ける者はお山に詣でる。歩けなかったり、歩くのが億劫な者たちは、登拝の連中が下山してくる頃にあわせて豆腐料理の茶屋で合流すればいい、という計算があった。

 それなら、人数も案外に集まるかも知れない。
 そうなったら、登拝組はSくんに面倒をみてもらい、ぐうたら連中の方はボクが世話をやけばいい…くらいの算段だったのが、もろくもハズれて。

 声かけに応じて集ったのは、結局、Sくんとボクもふくめてわずか計4人。
 これでは、ぐうたら連中うんぬんのハナシなんぞ、あったもんじゃない。
 

◆お山は晴れても…

 そうして迎えた、大山詣は11月14日。
 コースは、ヤビツ峠から大山山頂に登り、帰路は下社からケーブルで山麓へ下り、豆腐料理に舌鼓…の段取りであった。

 前半の山登りに、不安のないのはSくん、ただ1人。
 ほかの2名は、くちぐちに「だいじょうぶかなぁ」「迷惑かけることにならないといいけど」と、心配を伝えてきたし。
 じつは、一番のシンパイぼくにあって、右脚の大動脈に狭窄を抱えていた。
 それでも、これまでの歩行の場面では、まぁなんとか、歩きこなしてきた、それだけが頼み。

  ……………

 しかし、ゲンジツは遥かにキビシく、カコクをきわめた。

 これでも、ぼくはかつてワンゲルの人であった(…が後には山靴を黴〔かび〕させてもいる)し、車で取材にとびまわる以前は鉄道と歩きの人でもあった。けれども
 気がつけば、いずれもすでに、かなり昔のこと。にわか歩き馴らしなんぞで、どうにかなる筋合いでもなかったことは…歩きはじめてスグにあきらかになった。

 脚への血流がおぼつかないボクは、ベタ遅れになり、付き添ってくれるSくん共々、山道にとりのこされて、なんとか登り歩けた2人とは、たちまち天と地ほども懸け離れた。

  ……………

 35歳(1985)になって運転免許をとったボクは、まわりのカー・キチどもにも影響されて、いっきにのめりこみ。それからは、ほとんど何処へ行くのにも車…という生活を40年。
 トータルで地球を4~5周もする間に、足腰の筋肉は見るも無慚な借金地獄に転落していたことに、このたび大山山頂目指して歩きだした途端に気づかされた…という情けないしだい。

 ヤビツ峠から登る山道からは、丹沢から道志にかけての山塊が望まれ、わずかに冠雪した富士山も顔をのぞかせ、見下ろす相模湾は初冬の陽射しに輝いて伊豆半島まで見晴らせた…けれども。
 それどころじゃない、ぼくはひたすら苦しい喘ぎをくりかえすばかりで、いっかな登り稼げない。

 ついに、大山山頂への本社登拝はあきらめ、先行した2人の後を山頂まで追って行ったSくんたちが、下山してくるを分かれ道で待つ。
 もうしわけない詫びの印に、白旗でも揚げようかとも考えたけれど、折り悪しく持参のハンカチも白じゃないのでヤメにした。

 そこから下社までの下りも、また、難儀なこと、この上なく。ぼくは途中でほぼ、のこる脚力のほぼすべてを喪失。
 急坂のつづく下りに足腰さだまらず、(ここで転げ落ちたら死ぬ…)と、覚悟した。
 それでもなんとか、ケーブル駅には這うようにして辿り着く為体〔ていたらく〕ながら、ようやくの生還。

  ……………

 大幅に、山歩きに予定の倍以上も時間を浪費した結果。
 予約してあった豆腐料理の店もキャンセルという、不始末で、みなに迷惑をかけ。
 ただひたすらに、自身の思慮分別たらずが(いい気なもんだ…)いまさらながらに情けなく、忌々〔いまいま〕しいばかりであった。

  ……………

 この惨憺たる事態・結末から、立ち直るのに、おおよそ、ひと月。
 (身体の軋みがとれるまでには2週間あまり…)

 世の中は年末モードに入ろうとするいま、ぼくはようやっと前を向き、空に目をあげて誓う。
 《19.11.14》という日は、ぼくにとっての〈リベンジ祈念日〉!
 それにしても、嗚呼……