どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

おおきな「空振り」…上野公園の晩秋 /     国立西洋美術館「ハプスブルク展」

-No.2278-
★2019年12月17日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3204日
★ オリンピックTOKYOまで →  220日
★旧暦11月21日
(月齢20.9、月出21:44、月没10:47)


※きょうは、七十二候の「鱖魚群(鮭が群がり川を上る頃)」。お歳暮の「塩鮭」が遠い日のことになり
つつあります…ネ。



◆いいアタリ…もあるが、三振も多い

 さしずめ、野球でいえば監督泣かせのピンチヒッターみたいなものか。
 そんなボクの、ことし最後の、おおきな「空振り」は、晦日月の上野公園。
 
 生前退位で始まった令和の時代。
 見納めに東京国立博物館へ、「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-」を鑑賞するつもり…であった。
 正倉院御物は、むかしむかしに、奈良まで出かけて観た覚えがある、けれど。その頃のボクにはざんねんながら、実質を堪能する審美眼がそなわってはいなかったから、まるでリターンマッチみたいな気分。

 ところが…これが、とんでもないウエスト・ボールを、タイミング外れの大きな空振り。
 前期展示(10月14日~11月4日)も後期展示(11月6日~24日)も、ともに疾〔と〕うに終えているのに、本人だけが(ナ~ニまだやってるさ)の思いこみ、というやつ。
 こういうチョンボが、ぼくには少なくない。

 一緒に出かけたカミさんに呆れられて…あえなく予定は瓦解。

 折から晩秋の上野公園は、イチョウの黄葉、見納めの耀き。
 なかでも博物館に近い1株が、樹勢も旺盛。毎年この季節には樹下に子どもたちを集め、紅葉の舞いに彩られるところだ…が。
 きょうは、そんな子らの姿もなくて、ただ目が眩むばかり。

 ようやく思いなおして、(なぁにココなら見せ場はたっぷり)数ある美術館などのなかには、ひとつくらい(コレだ!)があるわけだ…けれども。
 なんてこったソレも空振り。

 (まことに、もうしわけない)
 なかば消沈した気分で、国立西洋美術館の「ハプスブルク展」に入る。
 (こんなときには、思いっきり華美な展覧がよかろう)

 ハプスブルク家
 いうまでもない、中世から20世紀初頭にかけて、中部ヨーロッパ圏に強大な勢力を誇った大公・国王・皇帝の家系である。
 贅を尽くした名品の数々にはことかかない。

 しかし
 たしかに〝贅〟は凝らされていた…けれども、圧倒的に多かったのは貴族趣味の肖像画のたぐい。
 ざんねんながら、ぼくは貴族趣味にも、つくられたポーズに固まった肖像画にも、興味がなかった。
 そうなると、展覧会の場はどういう色彩に彩られるか…といえば、くすんだ金色の退屈色である(もうしわけないが、そうなってしまうのです、ゴメンナサイ)。
 
 わずかに、ベラスケスやブリューゲルなどの絵画に、こころ惹かれるものがあったばかり……

 展示室を離れ、ル・コルビュジエ設計の館外に出たら。
 中庭のロダンの彫刻「カレーの市民」に、傾きかけた冬の、午後の陽光が戯れ遊んでおり。
 いっきに、こころ慰められて、ようやく「空振り」の1日をおえることができた。
 (ひとは、けして、場ちがいなところに闖入してはならない…)

 そして、もうひとつ
 国立西洋美術館では、中庭の野外展示の彫刻群に、いつも気もち救われる。
 つくづく、ありがたいことだった。