どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

やっと! 頼られるようになった「液体ミルク」…について

-No.2271
★2019年12月10日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3197日
★ オリンピックTOKYOまで →  227日
★旧暦11月14日、宵待ちの月
(月齢13.9、月出15:14、月没04:15)





◆天空〔そら〕荒れぬ

 この秋は、いつもホッと見上げる空の清々しさ、なくて。
 これでもか…と思われるばかりに、国荒れて、民傷んで、寒気に怯えて、辛い日々。

 まず、齢74のこのボク自身に、いまはボランティアに立つ力がたりない。
 8年半前《11.3.11》東日本大震災のときの、復興支援仲間、若き世代の人たちに「頼む!」しかなく、「それでも人不足」と聞けば、ひたすら気が塞がるばかりなの……(デス)ごめんなさい。

 「国土強靭化法」というのは、いままで、どこで、なにをしてきたの?
 そんな思いをいだきつつ、こちら個のレベルでは、小さくてもできることから、ひとつひとつ、積み上げていくしかありません。

◆「液体ミルク」に出番がやってきた!

 そんななか、ひとつポッとこころ温まる朗報は、幼な子かかえる家庭での液体ミルクの活躍。ようやく出番が巡ってきた感じです。  
「停電のなか、そのままストローをさして子どもに飲ませることができて助かった」
「被災のストレスで母乳が出にくくなっていたので助かりました」
 など、若いお母さん方からの声が、深刻な被害状況を伝える報道のなかから、伝わってきました。

 この「液体ミルク」。
 せっかくの災害支援物資だというのに、送られた側にその使い方が知られれていなかったために、ムダになっていた。

 信じられないような事実にぶちあたって、驚いたボクが、このブログに投稿したのが、ほんの3月ほど前の7月23日(火)記事。
 -No.2131-【《11.3.11》被災地東北2015さんりく巡礼/〈報告記52・最終回〉-帰宅後の無念な想い-液体ミルクは捨てられた!】でした。
blog.hatena.ne.jp

《教訓》知らなかったものは、知ってもらう、ほかにない

 今年3月から、「明治」と「江崎グリコ」によって販売が始まった、お湯で溶かす必要がなく常温保存ができる乳児用「液体ミルク」。
 はじめは、母親や家庭に知られていなかった(使ったことがある人は1割超にとどまっていた)ばかりか、流通にも理解が得られずに苦しんだようです、けれども、ここにきてようやく。

 明治では「使い方を丁寧に伝えることで市場拡大の伸びしろはあることを感じている」と話し、江崎グリコは7月までに当初計画の3倍以上を売り上げたとして「育児で心のゆとりができた、と好評をいただいている」と言います。

 国内販売シェア約6割の明治は、台風15号ときの千葉県八街市君津市木更津市に、また台風19号のときには茨城県水戸市長野市に支援物資として送付。
 江崎グリコでも、これまでつづけてきた全国の乳児院に寄付するミルクを〈粉〉から〈液体〉に変更する方針、とのこと。

 幼児には縁のないボクん家では、どうしても細かい事情がわかりにくいのだ、けれど、最近は流通・販路とも広がって。
 ドラッグストアやコンビニ、スーパー、大手コンビニ、高速道路のサービスエリアや駅の売店にも置かれるようになって、外出先での需要にも応えられるようになっている、そうですから、これはイイ感じ。
 
 被災地以外でも、日常の子育ての負担を軽減する商品として親しまれていけば、それが災害時の備えにもつながっていくわけで。
 こうした〈日常レベルからの浸透〉の流れがかかせないのダ…と、あらためて想います。

  ……………

 あと、のこされた大きな課題は、〈個の命の自覚〉と〈吾が生きのこるミチ〉を識ってもらうことです、が。
 これが、なぜか、とてもムズカシい。

 さほどアテにはならないことが、すでに知れている「おかみ」の助けを、やっぱりアテにしたくなる依頼心をなんとかしなければいけないのデス…が。

 ぼくにも、まだ、名案は浮かんできてくれません。