どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.91~  映画『ジャッカルの日』と『オデッサ・ファイル』

-No.2246-
★2019年11月15日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3172日
★ オリンピックTOKYOまで →  252日
★旧暦10月19日、寝待月・臥待月
(月齢18.3、月出18:43、月没08:30)


※13日(旧10月17日)は、七十二候の「地始凍(大地が凍り始める頃)」でした。



 フレデリック・フォーサイス原作の2つの映画。
ジャッカルの日』と『オデッサ・ファイル』を、BS放送のテレビ放映で、(つづけて)また、観てしまった。

 この2作品は、劇場公開のときから、もう何度も観てきている。
 こんど初めて、そのことに気づいて、ナゼだろうと思った。
 ここまでくると、その鑑賞態度は、ほとんどファンである。

 しかし、ぼくは原作者フォーサイスのファンでもなければ、映画化されたときの監督や主演俳優たち、その誰かのファンでもなかった。
 
 考えて、思いあたるのは、まずエンターテインメント性だった。
 小説でも映画でも、どんなジャンルであれ、作品にはエンターテインメント性がかかせない。

 そうして、ぼくはみずから、エンターテイナーを志しながら、達成はできなかった。素養がなかった…とは思っていない。
 だから、エンターテインメントには、いまもつよく惹かれる。

 もうひとつは、ぼくの生きた時代だった。
 この2作品が生まれた1970年代前半、社会人になったばかりのボクは、みずからの足もと、目標さだかではなく、そして世の中もまた〝見えない不安〟のなかにあった。

 三島由紀夫事件で明けた70年代。
 その前69年の東大全共闘安田講堂事件をもって、大学紛争は息切れ、〝全共闘〟時代は終息にむかっており。
 読書界では、社会派推理の一時代が、ひと句切りを迎える頃だった。

 ぼくは、とびこんだ映画の世界で、ドキュメンタリー・カメラに付き添いながら、映像表現の前途にも光明を見いだせないでいた。
 ぼくは、映像美の根源は記録(ドキュメント)にある…と(いまでも)信じており、エンターテインメント映像にもドキュメンタリーが息づいていなけらばならない…とも信じている。

ジャッカルの日』と『オデッサ・ファイル』。
 このフレデリック・フォーサイス原作の2つの映画は、そんなボクが掲げる〝的〟をズバッと射ぬいた作品だった……
 

★『ジャッカルの日』★

 フレデリック・フォーサイスのサスペンス・スリラー、原作は1971年。
 フレッド・ジンネマン監督による映画化は1973年。

 同監督は、信念を貫く人物を描き、みずからもハリウッドで信念を貫いて映画づくりをした、一時代の一翼を担った映画人。
 ゲーリー・クーパーグレース・ケリー主演の西部劇『真昼の決闘』(1952年)や、バート・ランカスターモンゴメリー・クリフト主演でフランク・シナトラが助演をつとめた理不尽な青春残酷物語『地上より永遠に』(1953年)などを手がけた。

 物語は1960年代のフランス。アルジェリア戦争の泥沼化で混乱していた時代。
 当時のフランス大統領、シャルル・ド・ゴール暗殺を企てる秘密軍事組織が切り札に雇ったプロのスナイパー暗号名「ジャッカル」(エドワード・フォックス)と、この動きを察知して阻止にのりだすフランス官憲、捜査の全権を委任されたルベル警視(マイケル・ロンズデール)の追跡を描いた。

 この映画で、両者の攻防、目まぐるしく変転する場面展開でキラリと光ったのが、ジンネマン監督の鋭いドキュメンタリータッチの映像。
 結果、息づまる一級のサスペンスに仕上がっていた。

 ※なお、これをリメイクした『ジャッカル』(1997年、アメリカ)がリチャード・ギアブルース・ウィルスの主演で製作されている、が。
 この純粋アクション映画、フォーサイスの原作とはまったく無縁の世界だった。


オデッサ・ファイル

 フレデリック・フォーサイスのサスペンス・スリラー、原作は1972年。
 イギリスのロナルド・ニーム監督による映画化は1974年。
 ほかでもない彼は、あのパニック映画『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)が代表作の人。

 物語は、若いドイツ人記者ペーター・ミラー(ジョン・ボイト)と、元ナチのための秘密組織「オデッサ」との間の暗闘が主題。
 このタイトルの「オデッサ」は、西ドイツ司法省宛に1964年、匿名の人物から郵送されてきた、秘密組織の支援を受けて海外逃亡した元親衛隊(SS)隊員たちの、顔写真や所在などを記録したファイルの通称にちなむ。

 ナチス政権下でユダヤ人の絶滅(ホロコースト)を遂行してきた親衛隊(SS)の幹部たちは、降伏直前、連合国軍の追及をのがれて逃亡。その後は、新生ドイツ社会への再浸透を企てるとともに、名誉回復のプロパガンダなどにあたる秘密組織が「オデッサ」にほかならない。

 ペーターは、自殺した一人の老ユダヤ人が遺した日記から、老人が強制収容所から解放された一人であること、そして収容所長エドゥアルト・ロシュマン(マクシミリアン・シェル)は司法の追及を逃れている事実を知る。
 しかもロシュマンは、ドイツ国防軍大尉だったペーターの父・エルウィンを、自身に反抗した者として殺し、戦死に仕立て上げた人物でもあった。

 ペーターは、秘密組織「オデッサ」の死の追及を掻い潜って、ついにロシュマンと対峙することができ……

  ……………

 2作を同時に見くらべて、ぼくが思ったのは。
 あらゆるポイントで、サスペンススリラーとしては『ジャッカルの日』のほうが優れており、ナチによるホロコーストの主題は、原作者フォーサイスにとって、あまりにも重すぎた気がする。

 そして、もうひとつ。
 映画化にあたっての監督の手腕の差、もうしわけないが『ジャッカルの日』のジンネマンによるドキュメンタリーなタッチの方が優れていた、と言わざるをえない。
オデッサ・ファイルニーム監督の演出は、舞台的にすぎた。

 ぜいたくを言わせてもらえば。
 ぼくは『オデッサ・ファイル』を、『ジャッカルの日』のフレッド・ジンネマン監督と彼が選ぶ配役で見たかった……

 ちなみに
 フレッド・ジンネマン1997年没(享年89)
 ロナルド・ニーム2010年没(享年99)