どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.90~  「旭日旗」…デザインはヨクてもサダメがわるい

-No.2242-
★2019年11月11日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3168日
★ オリンピックTOKYOまで →  256日
★旧暦10月15日
(月齢14.3、月出16:11、月没04:30)






★「旭日旗〔きょくじつき〕」が揺れている★

 自然〔じねん〕に吹くものではない〝風〟に、揺れている。

 ぼくは、デザインにおいても「シンプル・イズ・ベター」派だ。
 そのボクは、正直に言おう「旭日旗のデザインが好き」だ。
 ぼくは、他人〔ひと〕も認める性(生まれつき)「元気印」の人であり。
旭日旗」のデザインには、〈元気の素〉がつまっている。

 けれども……
 いま、あらためて(それはナゼか、ドコから由来したか…)を想ってみたら。
 原点は、ヤッパリ、上掲2点の図(いずれもウィキペディアから借用)からの影響にある(デザインの力は言うまでもない)のだった。

 ちなみに、ぼくの来歴をおさらいしておくと、1845年8月16日(さきの大戦に敗れた終戦翌日)の生まれである。
 
 上図、右『福神江の嶋もうて』では、恵比寿・大国が千両箱を積んだ馬を連れて江ノ島詣での目出度い図柄。足元の砂浜には小判が撒かれ、背後の江ノ島には旭日が昇っている。
 この図と同じではなかったと思うのだが、こんな図柄の祝い紙が神棚に貼ってあったのを、幼い日、母の実家で、たしかに見た記憶があるし。
 
 旭日旗にいたっては、これはもう、映画や放送などで何度も、くりかえし目にしてきた。
 とくに開戦当初、それこそ連戦連勝の勢いの頃の場面には、これでもかとばかりに〝軍艦旗〟や〝連隊旗〟として登場していた…のを想いだす。

 もともと日本というのが、「日の(日出〔いづ〕る)国」であることを好み、国旗「日の丸」にもその意識が継承されてもいる。
 さらに「紅白」というのが、また〈めでたい配色〉、「ハレの日」の象徴でもあった。

 デザイナーという職業はもとより、意匠デザインの権利なんてものも認められていなかった当時のことゆえ、「旭日」の発案者の名はのこされていない、けれども。

 「旭日」もその「めでたい」流れにあり、「朝日の昇る勢い」を愛〔め〕で祝う…のだから、これはもう初めから〈元気がいい〉わけなのだった。

 いま思い出したが、かつて漫画にも旭日に鶏の「コケコッコー」あしらって「あさぁ~」を表現したものがありましたっけね……

★〈旗じるし〉より先に〈家紋〉があった★
 
 なにしろ、この「旭日」。
 意匠(デザイン)としては、近代になっての〈旗〉よりずっと以前、武家の家紋(「日足紋」と呼ばれる)あたりにルーツがあるらしい。

 ともあれ、いい。
日章旗」の「日の丸」も、いいデザインだし、それから発展した(と思われる)旭日の意匠もまたイイ。
 だから、広く庶民の間にも〈縁起物〉の地位を獲得するにいたったのだと思う。
 (ちなみに、旭日の光線にも4条・8条・12条・16条・24条といった種類のバリエーションがある)

 だから、出生から発育期にかけての「旭日旗」自体に、〝非〟はなかった(ナイ…のではない! この過去形の意味を忘れないでほしい)

★戦争がもたらした運命の〝暗転〟★

 歴史の暗転は、日本帝国の膨張戦略に始まる。
 16条の「旭日旗」は、まず、1879年、大日本帝国陸軍の軍旗として決定採用され。
 1889年には、海軍旗にも採用。
 第一次世界大戦のときには、戦闘機の国籍標識にも。

 …こうして、第二次世界大戦(太平洋戦争)の最前線にあっては〝占領〟の目印としても掲げられて、〝アジア侵略〟を象徴する〈旗〉の命運を背負わされ。
 結局、広島・長崎への原爆投下といった惨劇を最後に敗戦の日を迎えるにいたり。
 この日をもって、じつは「旭日旗」の命運も尽きていた、にもかかわらず……

 なぜか戦後、1954年に「自衛隊」が発足すると。
 陸上自衛隊の隊旗、海上自衛隊自衛艦旗に、復活採用。
 外国から見れば、「Japanese Army」のシンボル、「War Flag」の復活にほかならず。
 そのことが、ぼくに言わせれば、この国の「大局観を無にした愚挙」であった。

 たとえ、はじまりは「日出る国」の祝意から発していても。
 また、たとえ、デザイン的に元気と勢いを感じさせて優れていても、だ。
 社会的な罪を背負ってしまったものは、消えていくほかに途はない。
「済んだこと」では済まされないし、「目的が違う」で通る話しでもない。

★外国から指摘されなくても…自重すべきこと★

 このハナシ、ことのおこりは、オリンピックがらみ。
 さきに、韓国国会の文化体育観光委員会が「帝国主義軍国主義の象徴」であるから、として、「旭日旗」のオリンピック競技場への持ち込み禁止決議を採択。
 
 これを受けて、2020年東京オリンピックパラリンピック組織委員会が、
旭日旗は日本国内で広く使用されており、旗の掲示そのものが政治的宣伝とはならない」
 として、持ち込み禁止とすることは想定しない(…???…)方針をあきらかにした。

 そもそも、この態度そのものが政治的(韓国の決議も同じ)だし、まぁ…いまの在り方そのものが疑問だらけとはいえ、国際オリンピック委員会が標榜する「国家の利益のためではない、平和の祭典」の主旨にも反する。

 にもかかわらず、日本政府や組織委員会はの見解は、といえば
大漁旗や出産・節句の祝い旗などとして広く使用されている」
 と強弁する。
 (ついでに言えば、たしかに勲章や警察章にも見られはするが…)

 しかし、あなたは、そう思いますか。
 たしかに、いまでも、たまたま見かけることはあっても、すでに古い(伝統の?)世代のなごりにすぎない…のではないか。

 さらに付言すれば、旭日旗デザインが数多く見られる場面は、ふだんの日本社会より、浅草仲見世など外国人観光客向けに売られる土産品に多い。
 たとえば、「神風」の文字の間に「旭日旗」の入った「手ぬぐい鉢巻き」とか。
 
 日本人の間にだって、(若い世代にはとくに)すでに薄い、かつてはアジア諸国に「植民地支配」を広げた記憶。
 その被害者であった側の国人たちの感情には、想いおよぶはずもないし。
 ましてや、まったく事情を知らない外国の人たちが、知らないままに持ち込んだりすれば、要らぬモメゴトのタネにもなりかねない。

 同じ敗戦国のドイツ、ナチスの「ハーケンクロイツ」には「戦犯旗」の烙印が押されている。
旭日旗」には、(たまたま)それがない…からといって、ナチスほどのことはしなかった…などと、まさか言えるものかどうか、考えてみればワカリきったこと。

 さきにサッカーの国際試合で、「旭日旗」持ち込みによる騒動と、ペナルティーを科される問題があったばかりではないか。

 外国からの反応や指摘を待つまでもなく、進んで、みずから襟をただして自重する、のが文化国家というものだと思う。

 また、万が一にも、いまの日本人庶民のなかに、アジア諸国に対して「植民地支配された貧しい国」みたいな差別意識があるとしたら、それこそ言語道断というもの。
 そんな人は、いちど、振り返って見るといい。
 そんなキミがいるニッポンという国だって、なんのことはない独立国家とは名ばかりの、「アメリカの植民地みたいなもん」じゃないのかぃ……と。