どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

嗚呼……「オリンピック」……オシマイのハジマリ!?

-No.2236-
★2019年11月05日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3162日
★ オリンピックTOKYOまで →  262日
★旧暦10月9日
(月齢8.3、月出13:16、月没23:50)
 

※この3連休中の3日(日)文化の日は、七十二候の「楓蔦黄(モミジやツタが黄葉する頃)」でした。
わが家でも冬への衣替え、始まってます。





◆これで〝お別れ〟

「2020TOKYO」オリンピック招致に成功…のときの、関係者たちの、馬鹿馬鹿しいほどのハシャギっぷりに、辟易としながらも、ぼくは正直。
「二度目の幸せ、これで見おさめ」と思うと、それなりに感慨深いものがありました。
 (招致合戦の時点では、こんどは競合したトルコのイスタンブールか、スペインのマドリードでもいいんじゃないか…と思っていたのです。この気もちもウソじゃなかった…そのへんの心理のアヤ、揺れた心情のほども、あらためて告白しておきます)

「見おさめ」のわけは、いうまでもありません。
 75歳を目前にして迎えることになる、自国開催のオリンピックでしたから。
 自身、アスリートと呼べるほどの経歴もないながら、スポーツ・マインドじゃ負けちゃあいない…くらいの気あいはたっぷりでもありました。

 そんなボクが、はじめ、開催時期はとうぜん(秋にきまってるよね)と思ったのは、無理もない、と思うのです。
 前回、1964年の第18回(こんどは第32回になる)大会のとき、開会式が10月10日(この日は後に〝体育の日〟になった)、閉会式は同24日(15日間)。そうして
 偶然とはいえ、開会式当日は素晴らしい〝秋晴れ〟の好天に恵まれもしたのですから。
 当時ぼくは19歳、それゆえ、こんどの大会が「二度目の幸せ」になるわけでした。

  ……………

 ごめんなさい、この記事中では、「オリ・パラ」のうち「パラ」大会については、煩雑を避けるため、あえて触れないことにさせてもらいますね。

  ……………

 ところが、じつは、開催は真夏の7月24日~8月9日(17日間)であって。
 誘致にあたっての宣伝文では、この季節の東京は「温暖な気候に恵まれ…」と、ほとんど嘘を吐〔つ〕いて(…といってもコレはどこにしたって似たようなものなのでしょうがね)いたこと。さらには

 その時期の決定には、最大の大会スポンサーであるアメリカのテレビ局への配慮(秋は人気のメジャーベースボールやバスケットボールのシーズン)があること…などをあらためて知るにおよんで、微妙な影を落としはじめたのでした。しかも……

 まるで、そのときを待っていたかのように、その後は(ご存じのとおり)あれこれの不祥事が連続するにいたって、ぼくの「見おさめ」感からは、しだいにワクワク度が薄れていきました。

 そうして、ともあれ、一年前のプレ・イベントもすんで、さぁ、いよいよ「ツメ」という段階にさしかかった10月16日、国際オリンピック委員会(IOC)から
「男女マラソン競歩のコースについて、猛暑の懸念から、東京から札幌へ移す計画がある」
 との発表があったわけです、けれども。

 この、不意打ちといっていい衝撃のメッセージには、しかし、なぜかドッと疲労感をもたらす性質〔たち〕の、不快な〈おくび(げっぷ)〉にも似た味わいワルイものがあったのも事実でした。

 ぼくには、そのとき、これから始まる〈馬鹿らしい茶番〉の筋書きが(ヨメてしまった)気がしたものです。
 そうして、それから時にすれば半月、ギュッと凝縮すれば最後の3日間(気をもたせる…までのこともない、ワカッていたこと)の、極々できのわるい〝寸劇〟は、みなさんイヤでもご承知のとおり。

 ぼくの気分は、すでにオリンピックがもはや終わってしまった後のような…つまり、もじどおり「あとの祭り」みたいでした…(おわかりいただけるでしょうか)。   

  ……………

 それでもオリンピックは、あります。
 そのときを迎えれば、スタジアムは大観衆の歓声に湧くでしょう。

 しかし、その向こう(の未来)に虹の架け橋は見えていますか。
 そう甘くはないゲンジツを、お話しておきたいと思います。

  ……………

 1つ、IOC(国際オリンピック委員会
 〈競技開催に関するすべての権限を有する〉ことは認めたうえで…それにしてもサ。
 その尊大にすぎる在りようは、どうです、まるで「裸の王様」じゃないか。
 だって、なぜなら、その背後にはちゃあんと、ホントの王様「金持ちスポンサーさま」がふんぞり返ってござる、からデス。
 アスリート・ファーストなんか、いまさら気どって見せたところで、それだってやっぱり、スポンサーに嫌われちゃいけない、ホンネ(…はカネ)が透けて見えてるじゃないですか。

 2つ、JOC(日本オリンピック委員会)&大会組織委員会森喜朗会長)
 IOCの決定・指示に、唯々諾々として従うのみの卑屈な態度は、これ、いったい、どうなってるんですかネ。IOCが親分だからといって、〈なにも言えないんなら、存在する意味もない〉んじゃないですか。
 現場は、たとえば陸連は、この間、どんな処遇をされ、どう対処したのか。
 それも、まともな声は、ついに聞こえませんでした。
 わずかに、瀬古利彦ラソン強化戦略プロジェクトリーダーが「なにも知らされていない、バカにしてますよね現場を…」と、テレビでコメントしていたくらいでしたよ。

 3つ、開催都市東京都
 小池百合子知事は、一応は「抵抗」の姿勢をして見せたものの、「合意なき決定をした(札幌開催を受け容れた)」最終的な軟着陸の結果は、舞台裏で密かに交わされた〝合意〟、たがいのメンツを守った筋書きどおりだったに、違いないじゃないですか。
 とくに、交わされた「4者協議の一致事項」のうち、「マラソン競歩以外の競技は移転しない」なんか、ほとんど〈駄々っ子の泣き落とし〉でしかない、情けなさすぎて涙も出ねぇや。

〈本統〉なら、東京都もJOCも大会組織委員会も、そして国もひっくるめた日本側が、もっと切実にアスリート・ファーストを追求したそのうえで、どうしても東京開催がむずかしい競技(ほかに馬術トライアスロンなどもある)については、積極的に〝移転〟を提案すべきだった、でしょ。

 それができなかったツケの重さを、思い知っていた関係者も、少なからずあったはず。

 すると、じつは…東京大会の暑熱・湿気対策にはホンネお手上げ状態だった、ところを、オールマイティーのIOCにお願いして、ツルのひと声をあげてもらったんじゃないのかぃ。
 そんなふうに勘繰りたくもなるくらい、お粗末なことでした、ホントに!

 よ~く考えて見れば、突然に役割をフラれた〈北都〉札幌も、まっこと、お気のどくさま。
 じっくり準備する余裕もないうえに、熱の冷めかかった一大イベントの開催には、余計・雑多な多くの迷惑がかかることでしょう。

 もうひとつ、たいせつなのは
 この顛末を、ちゃあんと世界は見てござる、こと。
 喉から手が出るほどに欲しい経済効果をめあてに、じつは、オリンピック招致を考えていた都市(その国も含む)は、こいつはやっぱりダメだヤバイぜ…と、思いなおしたに違いありません。

 こんな本末転倒の、いまのオリンピックなら、いいかげんにもう「お役目ごくろうさん」。
 別のチャンスに席をゆずる時期…に来ているんじゃなかろうか。
 つまり、これまさに、オリンピック…オシマイのハジマリ。
 銘記すべき、節目の大会になることでしょう。

  ……………

 ここで、すべての日本の選手諸君にも、ひとこと言っておきたい、と思います。
「開催地がどこになっても、じぶんは準備、調整して競技に臨むだけです」
 なんて、そんな、いつまで優等生みたいな態度でいるつもりですか。
 きみたちには、もっと、自分のもてるパフォーマンスに、自負と責任をもってほしい。
 
 観戦諸氏も、また同じです。
 もっともっと、サポーターのプライドをもって、競技に参加してかなきゃね。
 思いがけないほどに燃え、盛り上がったこんどのラグビー世界選手権人気を、忘れてはいけない、と思います。
 
 なんにしたって
他人まかせはダメよ!
 これが、このたびドタバタの〈教訓〉。