どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大型台風19号の〈目〉が通過!?した町田市から/ 台風のコースと影響について考えさせられたこと

-No.2215-
★2019年10月15日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 3141日
★ オリンピックTOKYOまで →  283日
★旧暦9月17日、十六夜の月・立待の月
(月齢16.7、月出18:09、月没06:38)









◆台風シーズン終わった

 …と思われた頃になって、強い勢力(風)の大型台風19号が発生。
 亡くなった大投手・金田正一さんが、ルーキー長島茂雄をキリキリ舞いさせたときのような大きなカーブを描いて、これは東海・関東を目指して来るぞ…とヨメたとき。

 俄然、「狩野川台風」なみ、あるいは、……に匹敵する大型台風と注目を喚起され。
 (これは、過去の大災害に名を借りた気象庁の、大衆向け宣伝作戦みごとに奏功…といってよく、防災・減災意識の徹底は、呼びかける側の進歩いちじるしい)
 (上掲、右端の写真は狩野川台風の目=ウィキぺディア。これほどパッチリはっきりした目は珍しいと言われたもの)

 さらにはこれに、「これまでに経験したことがないような」とか、「懸念される予想もつかない未曽有の事態」とか、また「これまで災害の危惧がなかったところでも最大限の注意を」というような、ほとんど「威〔おど〕し」に近い警句がくわわって、令和の世は騒然。

「いよいよ明後日には最接近・上陸か」
 と切迫してくると、消費増税まえのかけこみ買い漁りを凌ぐ勢いで、ホームセンターからは、目張りの「養生テープ」や窓ガラス保護の「ベニヤ板」などが売り場から早々に消え、スーパー・マーケットでは「電池」や「飲料水」、非常用「食品類」の棚が空っぽになり。
 テレビ・新聞などの情報に衝き動かされて来た人、他の人の買い物行動に触発されて(じゃ、わたしも…)という人など、さまざまな、しかし、災害時にはすっかりお馴染みになった光景が見られた。

 しからば
 その「狩野川台風」とは?

 1958年(昭和33)9月に神奈川県に上陸、伊豆半島から関東地方にかけて甚大な被害(伊豆地方だけで1,000名を超える死者)を与えた、当時恐怖の大型台風だった。
 中心気圧は、日本の観測で930ミリバール(現在のヘクトパスカル)だったが、アメリカ軍の飛行機観測では877ミリバール。これは当時の世界記録で、長らく破られなかった覚えがある。

 中心付近の最大風速は100メートル……
 上陸地点は三浦半島だったが、大きな被害を出した伊豆半島狩野川の名で呼ばれることになったものだ。

 当時の、ぼくは13歳。
 中学校が休校になった記憶はなく、上陸はたしか、日付の変わる真夜中の頃だった。
 ほとんどラジオと新聞のみの、当時の情報の少なさ、精度の低さは、いま現在とは比較にならない。

 前ぶれの強風の唸りに脅かされて後、間もなく前ぶれの、静けさの訪れに大きな自然の息づかいを聞き、そうしてやがて、ジッと聞き耳を研ぎ澄ませるボクに、「ズンッ」と本隊の先陣が突撃ラッパを吹いて到着。
 ごく簡素な造りの市営住宅だったわが家は、雨戸をイヤというほど圧〔お〕し拉〔ひし〕がれ、家全体が引き絞られるように、屋根裏がいまにも吹き飛ばされそうに軋み……

 それから、どれほどの(気がつけばさほどは長くなかった)時を経てか、フッと強風の圧力が緩んで、台風の去り際は案外あっさりしていたけれども、ぼくの肩は、ため息が重いほど凝っていた……

 そんなむかしツユ知らぬ、世代がほとんどのいま…だろう、が。
 (思い出したくもない)年寄りも、まだのこっているはず。
 日ごろから〈災害時の備え〉怠りないつもりのボクなども、恥ずかしながらつい、不安に腰が浮きかける始末であった。

 そんな「狩野川台風」に匹敵する、こんどの大型台風19号だという。
 その〈目〉が通過!?したと思われる町田市、わが家での一部始終をお伝えしておきたい。

◆台風19号来襲の〝実況〟

 小笠原沖から八丈島沖を経て、東海地方に接近したときの19号の勢力は、925hPa、最大瞬間風速60m。
 風烈しく、雨もコワイくらいたっぷり…の見込みで。
 進路を北西から、北北東にとる、〈日本の台風〉いつものコースどり。

 しかし、東京も横浜寄りの郊外・町田市は、1~2度、時雨たくらいで台風接近の気配もなく。
 されど、警戒情報は町田市に〈停電のおそれ〉ありという。
 なにしろ、つい先ごろ15号での千葉県の惨状、記憶に生々しく。
 町田市も、八王子市ほどではないものの、山地に連なる土地柄、油断はできない。
 上陸予想の7時よりも前にすませておこう…と夕食は6時。

 そのまま、テレビの台風情報に見入る。
 NHK以外の局の対応ぶりを見ると、さすが「報道のTBS」6チャンネルだけが、ずっと信頼感のある姿勢で報道をつづけていた。

 予想どおり午後7時頃、伊豆半島西海岸に上陸。
 このときの、中心気圧935。
 騒がれる「狩野川台風」は強かった…といっても、上陸時は960くらいだった、というから、似たようなものだろう。

 町田も本降りの雨になり、市からは、意識的に(…であろう)早め早めの避難情報がきわだった。
 すでに「警戒レベル3」の「避難準備・高齢者などは避難開始」が、恩田川・鶴見川沿いの地区や、傾斜地のに多い地区に出ていたけれど、あいかわらず台風の気配(ぼくの気象感度は鋭いほうダ)…〝匂い〟は遠い。

 8時頃になって、降雨も本格化。横殴り、とまではいかないものの、斜めの雨脚が小気味よいほどに。
「警戒レベル」は「4」の「避難指示・避難勧告」に移って、間もなく、最高「警戒レベル」の「5」「すでに災害が起きていてもおかしくない・避難にこだわらず生命を守るための最善の行動」を、にアップ。
 この間に、「大雨特別警報(洪水警戒レベル最高の5)」が首都圏・東海・北関東から、さらに甲信越・東北まで12都県に拡大。いよいよ臨戦態勢に入る。
 (なぜか、この12都県に千葉が入らないフシギが、ひたすら訝しかった)

 わが家の窓は、表の様子がよく見通せる2階寝室の窓と、1階ワークルームのガラス戸、半開きを除いて、すべて雨戸を閉め切り。
 ぼくは、リビングでテレビ情報の画面を追いつつ、ワークルームの半開きガラス戸越しに風雨の推移を見守る。

 人間の〝緊張〟というヤツ(あるいは、これは、すべての〝動物〟に共通のことかも…)は、それほど長くは持続できない。
 〈台風接近〉にしては(おとなしすぎないか)と思われるほどの状況に、ふと(進行方向が変わってコースどりがズレたか)と妄想したりする。

 ほぼ閉めきった屋内に、ときたま、遠く聞こえてくるのは救急車のサイレンのみ。
 こういうときに、市の〈防災無線〉は、ほとんど役に立たない(聞こえない)。

  ……………

「もう、そろそろのハズよねぇ」
 かみさんがワークルームのガラス戸から、外の様子を覗き見たとき。
「ズン」と、それまでとはケタ違いの風が唸り、同時に雨が烈しく叩きつけてきて。
「来たな」
 半開きだった2階窓も、1階ガラス戸も、雨戸を閉てた。

 それから、しばらくは、風の唸りと、家の躯体(主に小屋裏=屋根裏)の軋みに、ひたすら耳を澄ます時がすぎ。
狩野川台風」のときに感じたことを想い出してみる、が…とても(こんなものではなかった)気がする。
 
 その台風らしい強風雨、パタリと止んだのが8時20分頃。
 それから約10分後の30分頃まで、不気味な静寂……
 
 (台風の目に入った…)と、ぼくには思えた。そうして、
狩野川台風」のときも、こんなふうだったことを想い出す。
 (台風の目はコワくない…)

 10分の静かな間をおいて、ふたたび風雨の世界にもどって、ナゼかホッとする気分もあり。
 しかし、もう風も雨も、最前ほどの猛威はなく。

 町田市の、わが家では、実質、「19号台風」劇はコレでおわった。

 そのすぐ後に、テレビの画面に気象庁の会見が映って……
 ぼくは、こんどは〈気象予報の精度を想う人〉になっていた。
  

◆気象予報・通報の精度

 その(ぼくが町田市で台風の目が通過した…と感じた)時点で、気象庁の解説は、
「現在、台風19号は小田原市付近にあって、中心気圧は955hPa。都心部方面には、これから接近して行くことになるものと思われます」
 …というもの。

 ぼくは、ここで、気象観測と予報精度のいま(現状)に、ドンとぶちあたった想い。
 それほどのズレがあった。
 (でも、もしかするとボクに思いちがいがあったのかも知れない…と思いなおして、なお、それから30分ほど様子をうかがっていたのだけれど、その後にも状況の変化は見られなかった)

 ぼくは、なにも気象庁の予報がアテにならない、などと言うつもりはない。
 最近はまた一段と、天気予報の精度があがっていることは、みなさん、ご承知のとおりである。
 しかし

地震予知はできない」のと、おなじことが、〈気象観測と予報〉についても言える、のは事実ではないのか。
 つまり、「予報には限度がある」事実を、気象関係者は隠さず、大衆もまたそのことを充分に認識した上で、自身の行動を決める必要があるのではないか。
 …ということダ。

  ……………

 台風による強風は、進行右(東)側に、より強まる…とされてきた通説が、こんどの19号ではあまりアテにはならなかった。
 また、海洋温度の上昇(これも地球温暖化の影響)で、これから先は台風の進路が従来より東寄りにズレる傾向にある…とも言われるが、そのことが、まだ充分に検証されてはいない、こともある。

 こんどの台風19号上陸にあたっては。
 気象庁は始めから、稀に見る「強い勢力」であること、「広い範囲に影響が及ぶ」ことに重大な関心喚起をうながし、会見もかさねてきたわけで、カタチとしては「そのとおり」になったわけだ、けれども。
 ぼくも含む一般大衆には、「どうもナットクがいかない」ものがある、のも事実だ。

 それはナゼなのか?
 つまるところ〈観測の精度〉と、ピンポイントまでは無理としても〈危険情報の確度〉にあるのではないか。
 それが足りなかったために生じた〈混乱〉に、違いない。

「避難指示」を出されても、現状では、自分(の家)がそれに該当するものかどうかハッキリしないし。 
 また、指示どおりに地域の総員が避難したら「避難所のキャパシティー」が足りない、問題もある。

 河川の氾濫にしても。
 はじめは、相模川多摩川(神奈川)、荒川(東京都)辺りのハナシだったのが、時間とともに、関東一円から甲信越・東北方面にまで拡大して、トータル21河川にも被害がおよび。
 ぼくは、東日本大震災の被災地東北支援で訪れつづけてきた市町村にまで、台風見舞いのメールを送信することになった。
 (さいわい知友の人に被害はなかった、けれども…)
 これら被害の実態は、時々刻々、傷を深く、まだまだ長びいていくに相違ない。

 とまれ
 こうして、台風19号は翌早朝、岩手県宮古市から太平洋上へと逸れて行ったわけだが。
 このときでも、中心気圧は975hPa、並みの台風くらいの勢力を維持していた。

  ……………
 
 わが家では
 早朝、玄関の扉を開けると、足もとに、脇の緑道から飛んできたらしい樹の小枝と、ひと群れの落ち葉が散り乱れ、あとはプラスチックごみバケツがひっくり返っていた程度で、路地にも被害らしいものは見あたらない。
 空は薄っすら朝焼け色に染まり、そのあと台風一過の空には秋の雲が白く輝いて……

 町田市の「警報」は、午前7時にすべて解除。
 それからも
 テレビの「台風19号の爪痕」映像画面には、多摩川支流からの出水や、数ヶ所にわたる千曲川の決壊現場、東北では阿武隈川の氾濫などが、繰り返し流されつづけ。

 そうして……けれど
 一昼夜の後には、ラグビー・ワールドカップの予選リーグ、日本代表が最終戦スコットランドに勝ってベスト8に進出のテレビ画面に、大方の茶の間は湧いたのだった。

  ……………

 キレイごとを、言おうとは思わない、けれども。
 これほどまでに人という生きものが、本能的に闘いを好む生物でなかったら。
 また、これまでに、その悪しき性〔さが〕を、克服することができていたなら。
 武器・兵器・戦費についやす、それこそ地球規模で膨大な出費のすべてを、国と地域、そこに生きる人民たちの、平穏無事な暮らしのために役立てられたハズであったのに……
 そして、けっして、いまからでも遅くはないのに……