どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

1964オリンピック・ファンファーレを偲ぶ / 四谷消防署「消防博物館」

-No.2204-
★2018年10月04日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3130日
★ オリンピックTOKYOまで →  294日
★旧暦9月6日
(月齢5.7、月出11:23、月没21:28)


※きょうは七十二候の「水始涸(田の水を抜き始める頃)」。収穫の秋、到来です。














◆ファンファーレのラッパ

「ファンファーレ」が、主に式典などで演奏される、ごく短い華やかな楽曲である…知識はあったし、映画などでそんな場面を経験してはいたものの、現実のこととして初めて意識して接した「ファンファーレ」は、1964年の東京オリンピックが最初であった。

 実況中継の場面を、さらに大会後、市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』で確認している。
 開会式。昭和天皇の開会宣言につづいて、聖火台下で演奏された「東京オリンピック・ファンファーレ」は、たしか陸上自衛隊音楽隊30名による華やかな演奏であった。

 この場面、大衆の注目度はいまひとつだったようだ、けれど、ぼくにはビリッと電流が疾ったほどの衝撃と感動…いまだに、ときおり夢に見る。

 これだけは先に、申し上げておこう。
 これから、来夏オリンピックの開催までには、かならず、この1964年の記録映画『東京オリンピック』の放送があるはず。
 ぜひ、お見のがしなく、あの頃の日本の社会・風土と、競技と人のありようを後学のため、確認しておいていただきたい。
 その印象の導入に、このファンファーレが、あのときの青空をバックに朗々と響き渡りマス!

  ……………

 じつは
消防博物館」に、この1964東京大会のファンファーレ演奏に使われたトランペットが展示される、との報道があったのは、ことし春もはじめのことだった。

 そのトランペットとは、「ニッカン・ファンファーレ・トランペットNO.4」。旧日本管楽器(現在のヤマハ)が制作したモデルである。
 ふつうのトランペットと決定的に異なるそのフォルムは、見映え佳く、メタリックに光る管の先がピンと真っ直ぐに伸びている。したがって演奏も、通常のペットよりむずかしいもの。
 オリンピック後は記念に、各地の警察や消防の音楽隊に贈られた。

 うち2管を受け継いだ東京消防庁の、消防博物館(新宿区)に長年保管されていたものが、錆や歪みで鳴らなくなっていたのを修理の結果、かつての音色をとりもどした…という。

  ……………

 (ぜひ、お目にかかりたい)と思った、けれども、間のわるいとき、というのはどうしようもなく、やっと時間に余裕がとれたときには、すでに展覧をおえていた。

 それでも、ダメモトで確認の電話を入れみると、担当の方もボクの訴えに感じてくれたものか、
アジア大会のトランペットでよければ、いまでも見られますが…」と、案内してくださる。

 (いいよ、それだって親戚みたいなもんでしょ)と、ぼく、出掛けて行った。
 四谷消防署にある「消防博物館」は、地下鉄丸ノ内線の「四谷三丁目」駅から地下通路で直結。

 公営だから観覧無料であり、ウィークデーの昼間は、幼い子連れママたちの天国であった。
 これは最近の傾向であり、どこも公営施設は〈幼・小児にわかりやすく親しめる展示〉をこころがけており、そうした関連情報はママ友たちの間でいつも共有されている模様だ。
 いい時代になった…と思うのだが…その頃には、こんどは〈少子化〉だという、世の中ままならぬ時勢を痛感する!

 ボクは、想いだす。
 戦後すぐ生まれの自身には関係なかったけれど、甥っ子たちは消防自動車やパトカーの動く玩具で育った。
 それからの時のながれは、そんな昔をもはや遠い日のことにしたが、しかし忘却の彼方…まではいっていないらしい。

 いまも、消防の〈はしご車〉には高い人気があるようだし、現代には消防ヘリの活躍も光る。
 そうした記念の実物(いわば退役軍人)たちが、地下から吹き抜けの空間ところ狭しと占拠しており、屋上には消防ヘリの操縦席に坐れる展示もあって、さすがの迫力。 
 子どもたち用には、火事場に駆けつける消防隊の活躍の様子を、再現して見せるジオラマ・コーナーなどもある。

 そんな館内の、幼い子連れママたちからは、おとなしく身を引いた一郭、歴史展示のコーナーのガラス・ケースに、「トランペット」はあった。
 「アジア大会用」のそれは、明らかにオリンピック用より格下、つくりも華奢なのが分解されて皮のキャリング・ケースに納まっていた。

 ぼくは、そこであらためて、日本の消防とラッパ(トランペット)の関係に思いいたる。
 半鐘と纏振りに代表される江戸期の〈破壊消防〉の後、新時代の到来とともに近代消防の先駆けとなったのが、消防ラッパと真っ赤な消防バイクであった……

 西部劇など、古い時代、騎馬戦で活躍したのは、もっぱら戦意を鼓舞する突撃ラッパと、先頭の馬上に翻る軍旗とであった。
 ラッパ(トランペット)の、高く、遠くまでよく響き渡る音色は、結局、いつの時代にもかわらない、士気を高め心ときめかせる装置なのであった。

  ……………

 あの1964「オリンピック・ファンファーレ」晴れ舞台のトランペットにはお目にかかれなかったものの、ナニかとしらホッとするものに背中をおされて帰途についた。
 それは、はらはらアクション映画を鑑賞後、どこか歩きっぷりまで主人公に似かよってくるのがワカル…観客のような気分といえた。