どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.86~  森鴎外『高瀬舟』を映画で…

-No.2224-
★2019年10月24日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3150日
★ オリンピックTOKYOまで →  274日
★旧暦9月26日、有明の月
(月齢25.7、月出00:55、月没14:46)


※きょうは、七十二候の「霜始降(霜が降り始める頃)」。災害台風19号去って…一気に秋深まって…はや暖房の季節に!





★自殺幇助は罪か…★

 いうまでもなく、読むつもりで買った文庫本でしたが、その場面にいたると目の暗む想いに襲われ、ついに、それよりさきへは活字を追えなくなって、読了をあきらめました。
 その途切れたページに栞を挟んで……書棚へ。
 中学生になったばかりの、まだ文学らしい文学と出逢ったばかりの頃のことです。

 本の内容がボクの思いとちがって、途中で読むのをやめることはあっても、そんな、思いがけないできごとは初めてでした。そうです、事故に遭ったようなものでした。
 それから、その本は、どれくらい時を書棚に眠っていたことか。

 その間に、ぼくは、ほかの本をいろいろ読んで、つまり読書経験をつんで。
 ようやく、書棚のその本に、ふたたび手がのびたのは、どれくらい経ってだったか。
 少なくとも、季節ひとつはかわっていたと思います。

 その本が、森鴎外の『高瀬舟』でした。
 短編で、文庫にしても、ごく薄い一冊。 
 
 高瀬舟というのは、木造りの平底の小舟で、江戸時代には各地の河川で貨客を運んでいたもの。
 舞台は、京都、高瀬川
 この頃、京都町奉行では遠島を申し付けられた罪人を大坂へ、同心が付き添って護送するのに、高瀬舟を使っていました。

 遠島になる罪人というのは、結果ひと殺しのような大罪を犯していても、いわゆる根っからの大悪人ではなかった、といいます。

 それは、ある日、あるときの高瀬舟
 遠島になった咎人〔とがにん〕は、弟を殺したという30くらいの喜助という男。極く貧しく暮らす者です。
 付き添う同心は、羽田庄兵衞。

 世の中の仕組みを心得た同心の目に、喜助という男…最下級に暮らす身分でありながら、てんから欲というものがない、みずからの罪(弟殺し)が自殺幇助であるのに認められない裁きを恨むでもなく、淡々とした心境にある若い男が、どうにも不思議でならない。

 こんな喜助という若い男の在り方に、興味をいだいた庄兵衛は、語りかけ、あれこれの経緯〔いきさつ〕語りを聞くうちに、やがて、これまでに見聞した世の仕組みとはまた別趣の、細かな綾、深いことわりに思いいたる…というお話し。

 ぼくが、ついに読了できなくなったワケは、まさにその、自殺幇助(弟殺し)の場面にありました。
 トラウマは、文学や芸術からもうけます。作品に非のないことは言うまでもありませんが……

 その頃のぼく、じつは…〈遠い声〉そのままの耳鳴りが原因で悩まされていた少年時代の〝おねしょ(夜尿症)〟から、ようやく解放されたと思ったら、こんどは、ナンの前ぶれもなく不意に忍び寄った〈死の予感〉に、だれに相談もできずに脅かされていたのでした。

 それが……
 半世紀余のときを経て、ふと、若き日の遠い想い出を懐かしむ気にさせらたのが、『高瀬舟』の映画化作品との出逢い(もちろん一度も観たことはありません)でした。

 映画『高瀬舟』は1988年(昭和63)、工藤栄一監督、前田吟が同心羽田庄兵衞を演じ(いい役どころでした)、語りは市原悦子
 映画も、原作の短編にひとしくごく短いものでしたが、丹念な描写の、いいデキの作品になっていました。
 もちろん、齢74の爺さんに、さすがに、もうトラウマはありませんでした……
 (いうまでもなく、けして〝卒業〟したわけじゃない、歳月によるこれもある種の〝摩耗〟、でしょうか)