どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

目指せ!…「やしち」で焼肉

-No.2158-
★2018年08月19日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3084日
★ オリンピックTOKYOまで →  340日
★旧暦7月19日、寝待の月・伏待の月
(月齢18.4、月出20:38、月没08:02)










◆シェイプアップして「やしち」で焼肉

 いつのまにか、それが合言葉のようになった。
 
 ぼくたち夫婦は、〈旅は手づくり〉して愉しむ。
 それこそが「旅」にほかならない。

 したがって、ふだんはバス・ツアーなど利用することはない。
 それが、ふと「歩いて見ませんか」バス・ツアーの広告に目をひかれたのは、ぼくが〈メタボ腹〉になっていたからだった。
 
 もう10年も前に、タバコをやめたときが、噴射1段目。
 それまで68kg台をキープしてきた体重が、70kg台にのってしまった。
 食生活を根本的に見直すことになったのも、これがきっかけだった。
 …が、栄養摂取の改善は、むしろ身体を目覚めさせる結果になったようで。
 抑えても体重は減らない、悩みの日々。

 この(どっちに女神がほほ笑むか…)の、弥次郎兵衛バランス、増加に傾くことになったのが、虚血性心筋狭塞症。2度にわたってステント術をうける入退院さわぎのすきに、ぼくの体重はまた増えて72kg台へ。

 これには、病院食という、それまでは「不味い」と定評のあったものが、「いいじゃん、これなら」になっていたことも大きかったと思うのだが……
 (いいこと、が、いい結果にむすびつく、とはかぎらない!)

 なにしろ、これ以上は増やしちゃならん、落とせ体重、目標は以前の68kg台。
 この目標クリアに期待されたのが、「伊豆半島一周ウォーク」。月1のペースでこなすウォーキング、積み重ねて2年で一周することになる。

 町田から出るそのツアー・バスが、いつも伊豆へのアプローチに出発して行く、町田街道沿いに目を惹く店が焼肉「やしち」であった。 
 牛肉の部位・名称を図示したシンプルな看板が、「待ってますょ」と誘いの声をかけてくる。

  ……………

 それが、ほかの料理ではなく、なぜ焼肉なのか? といえば、それにもそれなりのレキシあり。
 ぼくたちが、前に住んでいた川崎という町が、焼肉の肉供給地として知られ、近所に贔屓にする焼肉店があったことにもよる。
 その店で、よく飲み、よく喰って、いやでも朝鮮焼肉に詳しくなっていた経緯から、いつのまにか食の天守(閣)のようになっていたのだった。

 しかも、それは同時に、(もしも、こころゆくまで喰ったら、どうなるか…)というコワさを、いつも伴っており。ぼくの体質も、また、しごく正直にその結果を反映するものであった。

  ……………

 で、その後はどうなったか、といえば。
 ザンネンながら、「やしち」といわれても「ま~だだょ」とこたえるばかりの日々。
 ひとつには、いまは72kgにいたっている体重を、増えたときの2段階を踏まずに、一気に68kgまで下げようという、目標の設定に無理があったのだ、が。

 そんなわけで
 いつまでも「やしち」は掛け声だけの遠い存在でありつづけ、ために、いまでは、ほとんど囈〔うわごと〕になっていた。

  見かねた、かみさんのひとこと。
「験〔げん〕なおしに、いちど行ってみる?」
 言外に、「このままじゃ一生、行けなくなっちゃうかもよ」とニオわせる。
「そうだねぇ」と、ボク。
 その日の体重、71kg台に再突入した気分にも背中を押された。

  ……………
  
 そうして、ようやく実現した「目指せ!…やしち」は、ボク74歳の誕生日。
 出掛けたのは、台風一過の晴天のもと、つよいけれど気もちよく吹きぬける風のなか。
「まずは、昼…からだね、ためしに」

 喰った。ビールのジョッキ片手に。
 上カルビとハラミと上レバーと…いずれも上等の肉を供してもらって、ひさしぶりの〝焼肉〟を堪能。

 仕上げに、ユッケを頼んでみたら。
 なるほど…山形牛の刺身肉が製造元のパック姿で出てきて、味気なくはあったが、味はヨカッタ。
 (焼肉店で提供されるレバー刺しやユッケの、鮮度および安全性の保持が問題になって以降、ぼくたちは肉刺しを食べていなかった…)

 翌朝の、体重計の針。
 オソルオソルの、ぼくの心配をよそに、きちんと71kg台をキープして、漸減傾向にあり。
 どうやら、このココロミは「結果オーライ」だったらしい……