どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

74歳直前…「運転免許」更新「高齢者教習」のこと / 「高齢ドライバー」バッシングの重すぎる現実

-No.2148-
★2018年08月09日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3074日
★ オリンピックTOKYOまで →  350日
★旧暦7月9日
(月齢8.4、月出13:38、月没....:....)


※「長崎原爆の日」、ことしも長崎市長は世界にむけて「核廃絶」を訴えかける。〈利己心〉と〈差別〉と〈蔑視〉が分厚い黒雲のごとくに地球を覆ういま…だからこそのメゲナイ叫びを……









◆「主観」と「客観」の…先が見えないほどの巨大な落差

 6月に、〈運転免許更新センター〉から〈高齢者講習〉の通知が来た。
 70を超えると課せられる〈義務〉、3年更新の、これが2度目になる。
 (75歳以上になれば、さらに加えて〈認知機能検査〉があり、〈認知症〉か〈認知機能の低下〉がないか判定される。18年の集計では75歳以上の約半数に低下が見られたという。認知症なら即アウトだが、それに気づけるのは本人より身近な家族の方ダ)
 …というようなシダイで。
 なにしろ、この〈高齢者講習〉を済ませないと、高齢者の〈免許更新〉は許されない。

 前回3年前、はじめての〈高齢者講習〉には、緊張があった。
 免許を取得したとき以来の教習所で、ごく基本の所内テスト走行と、ビデオ講習、そして視認検査など。

 検査結果を数値で知らされると、加齢の影響わが自覚より進んでいたこと、そして〈試験〉がなかったことにホッとしながら、(そんなもんか…)と拍子抜けだったことを想いだす。

 2度目の今回、高齢者をとりまく状況は前回にも数層倍して厳しく、緊張感もいや増して。
 参加者たちの顔にも、それを意識した表情が窺えた。

 なにしろ、この春4月に池袋で、あの余りにも痛ましい暴走殺傷事故があったばかり。
 87歳の旧通産省、元工業技術院長の、わが足での歩行もおぼつかない、事故検証に立ち会うヨボたれた姿を見せつけられては、もう一言もない。

 あそこまで衰えて、まだ車を転がすか!?…と思ったわけだが。
 いや、じつは(そうか)
 本人はそこまで衰えたとは思わず、まは、衰えたからこそ車の助けが欲しかった!!…ことに思い至ったわけである。
 つまり、これ、「主観」と「客観」との巨大な落差にほかならない。

 しかも、高齢者の暴走・暴発事故は、その後も、これでもか…とばかり、たてつづけに起こって、大衆の、とりわけ高齢ドライバーの肝を冷え冷えと震撼させていた。

 教習所内コースでのテスト走行。
 今回は新たに、「縁石を乗り越えて侵入、して直ぐにブレーキ、バックにシフトして脱出」という操作が加わっていた。
 明らかに、「アクセルとブレーキの踏み間違いが多い」「踏み間違いに焦って、脚がそのまま突っ張てしまう」事故例が多いことを、意識したものだった。

 テスト走行は、教官とともに3人の受講者が同乗、替わりばんこに現在の運転ぶりを披露する。
 ぼくたちのグループには、さいわい、教官が補助ブレーキを踏むような事態はなかったが、いずれも1~2の指摘をうけ。ぼくの場合も、バックの車庫入れで前輪脱輪、それと「一時停止」不足(!)があった。

 ともあれ、無事?!「終了証」を手にして、ホットひと息。

◆「高齢ドライバー」バッシング

 それから、ひと月ほど間をおいて、「免許更新」に指定警察署へ。
 大混雑を予想して出かけた、けれども、その日はたまたまか…たいした手間もかからず、高齢者講習を済ませているから一般の人よりスンナリ。
 新しく向こう3年、2022年(令和04年)までの免許証を受ける。
  
 その待合に並ぶ申請者の顔ぶれを眺めて、想った。
 免許更新者が思ったより少なかったのは、最近の深刻な事態をうけ、「免許返納」する人が増えたこともあろうか。
 しかし…少なくとも今日は、返納窓口に並ぶ人は居らず、免許更新に来ている顔ぶれを見ても明らかに高齢者が多く、付き添いを伴って来た身体障害者も見られて、〈運転免許と現代〉の像をくっきりと描き出す。

 それにしても、いま、凄まじいばかりの「高齢ドライバー」バッシングがつづいて。
「一律年齢制限」を叫ぶ声すらある。しかし……

 この国の大衆世論というのは、なぜ、これほどまでに極端な、一方的な流れに傾きやすいのか。
 どう贔屓目に見ても、みずから考える頭がないか、あっても考えがなさすぎる。
 自分が同じ立場になったらどうか…なぞ思いもよらないかのごとき、非難・攻撃の嵐だ。
 しかも、哀しいことに、じつはみずからも弱い立場の者が、さらに弱い立場の者を蹴落とそうとする。
 げに、オゾマシ!

 たとえば、交通事故自体は減少傾向にあるのに、なかに占める高齢者の事故が多い、統計の数値が示されるけれど、それが運転免許所有者に占める高齢者の割合が高い(高齢化)からだ、ということは置き去りにされる。

 かわりに、人口比が少なくなっているから、あまり目だたなくなったとはいえ、若者(若年層)の事故が多いことも、かわることない事実である。
 道路交通の現場ではゲンジツ、高齢ドライバーの〈譲り〉に支えられて〈事故回避〉ができている、若年ドライバーも多いのだ。

 一方で、いろいろ代替交通の便がある都会とは違い、車なしでは日々の暮らしが成り立たない地方(田舎)もある、それこそ〝死活問題〟なのだ。

 なにごとも人によりけり、運転にもイヤというほどあて嵌まる…のに。
〈個人差〉を無視する…愚、を想う。
 が…それでも、やっぱり…自身が万が一にも、高齢者事故の当事者になったときのことを想うと、オソロシイ。

◆幾つになったら運転をヤメるか…

 車を手放せない高齢者に、じぶんの運転のクセや欠点を指摘してくれる「診断サービス」がある、という。
 これは「高齢者安全運転診断サービスセンター」が開発したもので。
 ドライブレコーダーを装着(2週間貸与)したマイカーを運転、その記録を、事故分析の専門家がチェックして、それぞれの個人的な欠点やクセ、事故を防ぐポイントを指摘してくれる。

 たとえば…
  〇注意確認は、目視だけでなく、身体全体を動かすように
  〇煙草を吸いながら運転では前方不注意になりやすいクセがある
 などなど。

 この診断サービスは「高安診〔こうあんしん〕」の名で、保険代理店や教習所などを通じて全国提供。価格は、税抜き4万5000円。
 ほかに、保険会社が販売する安全運転システムのサービス提供などもある。

 つまり、免許返納を促すばかりでなく、安全運転の指導を受けられる選択肢も用意しておこう、という。
 この試みは、よい。ぼくにも受ける用意がある。

 もうひとつ。「へぇ~」と唸ったのは…
「シニア・カー」という名の、実体は〈電動車いす〉の販売が伸びている、という。

 この分野の草分けで、商品名「セニアカー」で国内シェア50%を誇るスズキによれば。
 電動車いすのスピードは、最高で時速6km(速歩きくらい)で、歩道を通行。
 それでもフル充電だと、20~30kmは走れる、そうな。

 この世の動きに敏感に反応した他社、電動アシスト自転車ヤマハ発動機や、自動車メーカーのホンダもスポーティーな三輪EV(電気自動車)なども、続々参戦の様相だ。
「高齢者に多様な移動の選択肢を提供すること」が喫緊にもとめられている国も、この動きを支援する方針という。

 しかし…だが…まて。
「免許返納者が乗り換え」という新聞の見出しには(…???…)でしかない。 
 ぼくの感覚からすればシニア・カーというやつ、〈介護補助の延長〉くらいの認識だったからビックリである。(チガイますか?)

 免許返納の乗り換え組が、いい気になって乗りまわしたら〈致傷事故〉くらい起こしかねない、のではないか。
 だから、少なくとも、いま現在のぼくは、免許返納することになっても「シニア・カー」に乗り換える気はない。年寄りのオモチャ…なんて大人のオモチャより性質〔たち〕がワルそうじゃないか。

 では…どうするか?
 ぼくの、いま現在の思いと対策を以下に記しておこう。
①運転適性に、個人差あり。ぼくの場合、現時点では80歳くらいまで、免許更新3
 年ごとでいけば82歳までは、運転するつもり。ただし、それ以前に「あ!」と気
 づくことあれば…その時点でヤメる。
※年齢そのもより、運転40年、走行距離30万km超(地球の赤道一周が約4万k
 m)の実績は軽くない、と思うし。さまざまな道を、さまざまな条件で走ってきた
 経験で、いまがイチバン脂がのってきているところだ、とも思っている。
※上の写真、免許証の右は、JAF会員証(1980年入会)と会員40年記念証。
②運転にオカシな点が見られる、ことに、本人よりも先に気づいてくれる存在は、助
 手席。ぼくの場合は、これも全運転歴ともに歩んできてくれたカミさんに、「気が
 ついたら遠慮ナシ言ってくれ」るように頼んである。
③運転のほとんどの動作、とくにブレーキ・ペダルとアクセル・ペダルの踏み分けな
 どは、ほとんど無意識に身体がすっかり覚えてくれている。…が…この油断が、じ
 つは危ない。無意識の動作は、〈誤動作〉もまた無意識におこる。そこで、ぼくは
 いま、運転中は「ブレーキ」、「アクセル」と、ペダルを踏み替えるたびに、みず
 からに言い聞かせ、ときには声に出してカクニンするようにしている。
※つぎに控える目標は、走行スピードの抑制だ。