どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

神田「みますや」2019…猛暑の夏 /       日本最古の〈居酒屋〉亭主のこと

-No.2144-
★2018年08月05日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3070日
★ オリンピックTOKYOまで →  354日
★旧暦7月5日
(月齢4.4、月出09:16、月没21:42)





◆明治38年創業

 日本最古の居酒屋といわれる「みますや」。
 店は、入れ籠みの飯台(テーブル)の脚が、土間の都合で適当に傾〔かし〕がっている…という風の、どう見たって古典落語世界に出てきそうな長屋の連中とか、お侍なんかでも浪人風情がお似合いという店。

 いまどきだって、勘定は内税、お通しは無料という。
 この秋10月に予定されてる消費税率引き上げで、とかく話題の〈キャッシュレス決済ポイント還元制度〉なんぞに、どう対処するつもりか訊いたこともなかったが、まぁ、訊くまでもない気がする、そんな店。

 最寄りの駅は、地下鉄「淡路町」(営団丸ノ内線)か「小川町」(都営新宿線)。
 なんぞと紹介しようもんなら、それこそグルメ・ナビいまどき風になっちまうが……
 省線(のち国鉄、現在のJR東日本)の駅だったら、いうまでもねぇや「神田」でぃ。

 当代の亭主が、たまたま高校の同期という、その「みますや」へ。
 黴がはえてきそうに長かった今年の梅雨があけ、途端にカッと暑くなった大暑すぎの1日に、小用があって出掛けた。前の日に電話で、本人と話はついている。

◆樹医しごと

 店の入り口脇に、でかい鉢に植わった梅の古木がある。
 いつだったか、ふと、その手入れが気になって、剪定の鋏を入れさせてもらってから、年に一度の付き合いになった。
 これでも、あたし、いちおうは〝樹医〟の資格をもつ。

 梅の、株は古かったけれども鉢では充分に育ちきらず、おまけにビル街、自然の風には恵まれないから、環境は植物によくない。
 樹液を吸うカイガラムシが幹に群がって、樹勢を削いでいた。
 小枝や徒長枝を整理しながら、ムシを払って、木酢液を染ませた軍手で樹皮を拭ってやる。
 それだけのことだから、仕事というほどでもない小1時間。
 それでも、樹勢はいくらか恢復したろうか、最近はまた実がつくようになった、という。

 居酒屋は夜の商売だから、朝は早くない。
 そこで、店には声をかけずに、鋏を入れていく。
 亭主の住まいは店の2階、だから、様子はすぐに知れる。

 たいがい、しばらくして亭主が顔を見せる。
 ……それが、この日はなくて……
 かわりに跡継ぎが「おえたら、どうぞ…」と内を指しつつ、愛想のよい声をかけてくれた。
 (どうぞ)は、お昼を接待させください、の含意である。

 夜は居酒屋だが「みますや」、昼飯(ランチ)も提供する。
 その、昼の営業は11時半から13時半まで。
 お客さんの姿が見え始める前に、しごとをおえる心算〔つもり〕でいくのだ、が。
 どうかすると早い口の人から「いいですか?」なんて声がかかることもあり、そんなときは心得て「いらっしゃい、どうぞ」と応じることにしていた。

「ボリュームたっぷりの料理を安く」創業以来の方針を、いまも貫く。
 そこは、頑固だ。
 ちなみに江戸っ子のガンコ、じつは、リクツでは通らない場合によりつよく、ほとんど反射的にでる。
「わかってるよ」じつは…コトバとは真逆である。

 それがワカルのは、じつはぼくも、はしくれの江戸っ子。
 父は日本橋河岸、砂糖問屋の次男坊だった。が、戦争で疎開した「川向こう」の川崎で、ぼくは生まれた。
 だから、口にこそ出さないが、気分はたっぷり江戸っ子。

 …だけれど、中学・高校時代は、いまの亭主が神田明神の氏子「みますや」の倅〔せがれ〕とは、つゆ知らなかったし、むこうだって、ぼくが日本橋の没落商家につながる者とは知る由もなく。(そんなもんだ…)
 やがて、卒業後の歳月を経て、ぼくが神田神保町に著作・編集プロダクションの事務所をかまえてから、遅ればせに厚誼がはじまった。
 事務所のあった神保町も、同じ神田明神の氏子町内である。

「みますや」は神田司町2丁目。
 むかし司町には1丁目もあったが、その後、住居表示が変わっていまは2丁目だけが継子あつかいされたみたいにのこる。
 …といって、それが頑固の素〔もと〕なんぞと、下手に勘ぐってはいけない。

 ただ、このあたり一帯が、いま流行りの再開発をまぬがれた(それで「みますや」も健在)のには、ナニかそれなりの理由があってのことだろう。(こまかいことはワカラナイ…)

◆昼飯をゴチになって…

 しごとを仕舞って店に入ると、飯台に、小座敷に、近在の会社・事務所からの常連客が三々五々、席をしめていた。

 この店の昼飯の供し方、各々がお盆に好みの総菜をとってゆき、みそ汁とご飯をもらって勘定をすませる、社内食堂式なのだが、はじめての客だと、まごつきかねない。
 常連に混じって、そんなふうの客もあり、飯台でお盆の料理をスマホに写していたりする。

 昼飯も、もちろん、ボリュームたっぷり。
 ぼくなんぞは正直、遠慮なしでも、おとなしくいただいておく…ことになる。

  ……………

 食後の冷たいお茶をいただいて、ゆっくり休ませてもらって。
 さて…ランチタイムのおえる午後1時半ちかくなっても、亭主がいっかな顔を見せない。

 ぼくが心配するわけは、先ごろの同窓&同期の会を、彼はその日になって出席予定をキャンセル。
 ふだん義理堅い男が、「どうも体調がよくない」とのことだった、という。
 (ナニかあったな)
 同期は揃って70を超えた。夏場の暑さは歳とともにこたえる。
 ぼくは、そのとき、梅雨明けには訪ねてみよう、ときめていた。

 そうして昨日。
 電話には、「勝っちゃん」本人が出て、
「どう…」
「うん、だいじょぶ」
「じゃ、明日いいかぃ」
「いいけど…暑いよ!」
 まぁまぁげんきそうな声に、やれ、ひと安心…と思ったばかりなのに。

 前にも、そういうことがあった。
 病院に入院して、退院してからも、ナニがあったのかヒトコトも言わない。
 気分に障りがなければ、挨拶に顔を見せないような男ではない。
 2階から下りてこないのは、そんな気分になれないのだろう。

 けれど、訪ねた方だって、これには困惑…弱っちまう。
「キモチよくない、みたいだね」
 2階を指さすと、跡継ぎさん、苦く笑ってうなずくばかり。
「ナニが、どうなってんの?」
「あの…本人から聞いてください」

 その本人が……×××……なのだった。
 これは、いうまでもない、頑固とは別口のことである。

 言えないことは、誰にもある。
 ボクはあきらめ、こころをのこして、店の縄暖簾をくぐった。

  ……………

 年末には、恒例になった同期の会がある。
 それまでに、なにくわぬ顔…にまで回復してくれることを祈る……