どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記46>-伊達市①-旅人にとっての〈災害〉と〈避難〉

-No.2109-
★2018年07月01日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 3035日
★ オリンピックTOKYOまで →  389日
★旧暦5月29日
(月齢27.7、月出02:54、月没17:23)









◆コンビニに商品なく…電話はつながらず

 2018年9月6日(木)、午前3時8分。
 北海道胆振東部地震発生。マグニチュード6.7。最大震度7厚真町)。
 なにはともあれ、実感「北海道では初体験の大地震」。
 
 この地震に、対岸、青森県下北半島、突端の港町大間で遭遇したぼくたちは。
 ともあれ、早朝便のフェリーで海峡を渡り、函館に渡った(25日記事)のだった。

  …………

 ブラックアウト停電の不安につつまれ、ガソリンスタンドが軒並み業務停止している函館を逃れ、伊達市に向かった。
 伊達市は、地震震源に近かった胆振東部からは120kmほどの距離がある…とはいえ、同じ胆振支庁、西部の街だ。

 函館から北上する国道5号の、交通量はふだんよりやや少なめ、なかでも工事関係の大型車両が少なく思われ…それよりも、すべての車のうごきが、いつもにくらべて、おとなしかった。
 
 道央自動車道に入る大沼公園インター(森町)近くで、大手チェーンの【教訓1】コンビニに寄ってみたが、商品棚はまるで盗難に遭ったあとみたいにガラガラ、飲料水とか食品の類いは、一部かぎられた嗜好性の商品を除いて空っぽ。店員が、所在なげにカウンターに凭れていた。

 道央自動車道も…(ふだんよりもさらに)空いていた。
 カー・ラジオでは、地震被害の報道がつづいている。

 ぼくはハンドルを握りながら、マイ・カーの有用性を想う。
 いまの世、なにかにつけて、車の有害性を指摘されることが多い。
 とくに、高齢ドライバーに対する風あたりは、ひどく烈しい逆風といっていい。

 (それはワカル…不安はボクにもある…けれども)
 【教訓2】なにか一大事があって、避難の必要が生じたときには、繁華(交通繁多)な町場を除けば、マイ・カーの有用性はユズレない。
 生息空間を保持しての移動手段が…ほかにあるか?

 八雲パーキングエリアで休憩。
 今夜の宿を予約してあった、伊達市のホテルに電話を試みる。
 やはり…つながらない。こちらはスマホだが、相手は固定電話で…ただでさえ通じにくい非常時…おまけに停電である。
 伊達市役所には電話が通じて(ここにはサスガ非常用電源がある!)、事情を話したが、市役所でも事業者個別の緊急時連絡先告知の対応はしていない…と言われる。(ヤッパリ…そうか)

 住民優先は、いいだろう…けれど。
 たとえば宿泊施設などが、緊急時の連絡先告知の用意がない、というのはヨロシクない。
 観光協会とかの組織が、率先して対策を講じるべきではないのか……
 客の側でも、【教訓3】予約の際には、宿泊先の緊急時連絡法を知っておくほうがいい。

 八雲パーキングエリアは、ハイウエイオアシスをもつところだが、商業施設にふだんの活気は(当然ながら)見られなかった。

◆エレベーター動かず、店頭に生活必需品なく…

 伊達市には昼前に到着。
 インターを出て、街のメインをざっとひとめぐりしてみる…も、いうまでもなし、飲食店1軒も開いていないばかりか、スーパーや量販店には長蛇の車列、人の行列。

 わが車のナンバーを見やる人があると、〈他所者〉の悲哀を痛いほどに感じる。
 緑地を見つけて昼食にする…が、(オソマツ!)旅の準備に不足があった。
 いつも、【教訓4】いざという場合に備えて、キャンプ用具一式は用意はして来るのだった、けれども、このたびはキャンプ泊の予定がなかったので、テントと野営食材の準備をして来なかった。
 火はあっても…煮炊きするものがない、情けない。

 ただ旅の途次、ぼくは【教訓5】不時にそなえて、こまめに食糧の補給はクセがついているので、このたびもそのおかげで助かった。今日の夕飯、明朝の朝飯も、これでなんとかなるだろう。
 ただし、飲み水が少なくなっていた。これもタンクは積んできたのに、給水を怠っていた(ど阿呆めが)。

 スーパーの人混み、行列の長さは〈余所者〉を怖気づかせるには充分すぎるもので、ぼくたちは、なかでも人混みまだマシな、大手チェーンのドラッグストアの列に並ぶ。
 列も非常時対応のもので、照明のない店内の混迷と事故を避けるため、一定数に限っての入場制限の繰り返しに、それだけ余計な時間がかかる。
 おまけに、レジも電動だから動かず、店員が逐一計算の手間を要する始末であった……

 地元のベテラン主婦が、溜め息まじりに言っていた。
「夢のオール電化…なんて、やっぱりダメよね、よ~くワカッタわ」
 入店を待つ客の列に、ドラッグストアの店員が気を利かせて、某社のノベルティーグッズを配りはじめる。
 なんとそれが「手もみ式カイロ」。

 (えっ…夏に…と驚くなかれ、北海道の9月はもう秋、朝晩には冷え込む日もふえてくるのダ)
 子どもの一人が、さっそく試して、わけもなくヨロコブ。この店は、これでまちがいなく点数を稼いだ。

 待つこと、小1時間。やっと順番が来て店内に。
 入れば中の状況、本質的にはコンビニとかわらず、「あるモノは、いつもどおりにあり」「ないモノは、棚が空っぽ」。ナイのは、「嗜好品ではない日常用食品」と「飲み水」。
 それでも、店側が在庫のあるものは補充してくれるので、なんとか飲み水は確保できた。そのとき、余計な品、余計な量は買わないことを心がけた…つもりが、やっぱり不安と心配の分、余計な分量を確保していたことに気づき、わが性情を恥じる。

 パニック状態になったら、とても、これでは済むまい。
 せめて、食料は、車に予備があったのでガマンして購入しなかった(われら余所者なり…)。

  ……………

 とりあえず、直面の〈飲食問題〉を解決(?)して、次は〈エネルギー問題〉。
 車にガソリンを補給しなければならない。すでに函館でスタンドを探したくらいで…だが、まぁ…あのときは心理的な不安が先だっていたわけだけれど、いまはオイル・ゲージが残量半分以下を指し示している。
 
 街の人に事情を尋ねると、
「油がナイわけじゃないんだ…ただ給油ができない、停電だから…ネ」
【教訓5】営業してるスタンド(GS)は、非常用電源もってるとこだけ。そんなとこ少ないからね、どこも給油待ちの列だよ。それも制限付き…金額でいくらまでとか、なんリッターまでとか、だよ」 
 ぼくは…口あんぐり(なんだ、そりゃ!)。

 函館でGSが軒並み閉まっていたのも、その所為だったのか……
 これが、文明国か!? これが〈自然災害国〉のゲンジツか!?
 やむをえず、通りすがりの1軒のGS,たまたま給油待ちの車列の短かったところに出逢って、2リットル限定の給油(ほんの家庭用、買物程度のまにあわせ)をしてもらう。
 ……なるほど、ふだんはお目にかかることもない非常用電源が、たのもしく頑張っていた。
 (ぼくは、このときの経験から、ふだんの給油GSにも非常用電源があることを確認している)

  ……………

 ホテルのチェック・イン時刻に近づいて、表通りにもどる。
 交通量の多い国道の交差点には、交通課の警官が出張って交通整理にあたっていた。

 ホテルのフロントでは、ふだんのようなサービスはできない状況にあることを諒解してもらいたい旨を告げられる。
 トイレの水洗は、浴室に準備のバケツの水を使うこと。灯りはローソク。1泊朝食付の朝食も提供はむずかしいかも知れないこと、などなど。

 承諾して…しかし、さっそくにマイッタのは、予約しておいた部屋が4階。
 【教訓6】停電したら、エレベーターもうごかない。
 70歳は超えても、脚はなんとか…まぁ…なっているから、お手伝いをお断りして、かみさんと二人、4階まで吾らが荷物を運びあげる…も。さすがに応えて、途中1階ごとに休み休み…であった。

 照明の点かない部屋、暗いなかでの食事は味気ない(キャンプじゃない!)ので、明るいうちに夕飯にし…さすれば、とうぜんアルコールも入る。
 ほろ酔って、閑まって暗いホテルの窓から…夕暮れから闇夜へとうつろうの街の眺めというのは、じつにひさしぶりの、なんと新鮮なあじわいであったことか。

  ……………

 トイレの、バケツの水〈水洗〉も体験して、就寝。
 枕から頭をもたげると、部屋の隅でキャンドル・ライトが、いままさに燃え尽きる寸前……

  ……………

 夜中に、ふと目覚めたら、ナニかが変わった…気配があって。
 ホテルの向かいの、コンビニの看板に灯が点ったことに、気づき。
 あらためて街の闇に目をやると…とろどころにポッ…ポッ…と明かりが見える。

 電気復旧、ブラックアウトからの解放、であった。
 トイレに駆け込んで、自動水洗になっていることも確認。

  ……………

 翌朝には、朝食メニューもぶじ供給されたのであった!
 (やれ、助かった!!!)